生者の自己満足
午前中は神社の神楽奉納を観に行きました。
神楽奉納は獅子舞のような権現様という神様が中心となるお話のようでした。
動物の被り物をした緑や赤の派手な舞手がくるくると回り、折り重なる鈴の音や扇の動き、漂うお香の香りに魅了され、まるで異世界に迷い込んだような不思議な感覚を味わうことが出来ました。これはあたしにとっては珍しいことです。
これまでは現実に他の人たちの見えないものが見えてしまうあたしにとって、異世界という解釈そのものが成り立たないでいたのです。
自身の住む世界が、他の人たちが住んでいる世界とずれた場所であることは常々感じていました。元々皆とは違う世界を見ていたのです。
つまり他の人たちにとって現実とかけ離れた異世界という感覚は、あたしにとってあまりに常時に近すぎました。かけ離れるからこそ異なった世界であるのなら、あたしにとってのそれは普通の世界と大きく異ならなかったのです。
しかし、その日は初めてまったく見知らぬ場所に迷い込んだような気持ちになりました。
それはとても新鮮な感覚であったと思います。神楽奉納が終わってからもその感覚が暫く残っていて、何となく楽しくなり舞を真似るようにくるくると回ってみました。ただ回っているだけなのですが、まるでこれまでの自分とは違うものになったようでつい微笑がこぼれました。
その時です。回る景色の中に一瞬白い何かが過ぎりました。
「あれは…」
あたしは何だと考えるよりも先に駆け出していました。
あたしが駆け出したことに気付いたお義母さんの呼ぶ声にも答えず、あたしは山の方へと続く小道を駆けたのです。
道はすぐに急斜面へと変化し、階段状に変化していきます。階段を駆け上がるようにして森の木々の間を抜けていきました。そのうち右手斜面の木々がなくなり段状になった墓地が姿を現してきました。乱れる呼吸に痛みを覚えながら駆け上がると墓地の上のほうを進む白い頭が見えました。力が入らなくなりつつある重い足を必死に動かして何とか同じ列まで上り詰めました。
彼、義兄は誰かのお墓の前に立ってじっとそれを見つめていました。
半袖の白シャツに明るい茶のパンツ、ハンチングを手に持っているようです。しかし手を合わせるでもなく黙するでもなく、ただその前に立っていたのでした。
義兄はあたしに気がつき、そして微笑みます。しかしその眼はまったく笑っては見えませんでした。
「誰にも見つからぬようにしていたつもりですが貴女には気付かれてしまったようだ。やはり貴女は特別のようだね」
「偶然ですよ」
「そうではないさ。正美さんと言ったかな。貴女だから気付くことができたのだよ」
あたしはこれまで一度も名乗ってはいません。
「どうして、あたしの名前を?」
「弟がいつも世話になっているようだね。義妹になる人が貴女だとはそれこそ不思議な縁だ」
底知れないものを感じました。義兄はあたしのことを知っているのです。
自分の存在は霞のように隠しながらも弟のことや家族のことを見続けていたのかも知れません。
この時あたしには見守るというよりももっと事務的な、まるで監視されているような印象を受けたのです。
「兄だと聞いても驚かないところを見ると僕のことを知っていたようだね」
「昨日、お会いした後のことです。偶然お部屋の写真を目にしたもので」
「そうかい。まだ僕の写真など残っていたのだね」
義兄は残念そうに言いました。
「お墓参り、ですか」
「幼馴染みの墓でね」
「遠野沙耶さんですよね?」
義兄は答えませんでした。ただ黙って墓石を見つめています。
「手、合わせないんですか?」
「死んでしまえばそれまでだよ。ここにあるのは沙耶であった残骸でしかない。それも既に土に還っていることだろう。ここには何も無いのだ。手を合わせることに意味も無い。ここに沙耶はいない」
なんと淋しいことを言うのだろうと思いました。義兄はまるでどうでもいいことのように言うのです。
「どうしてそんな言い方。確かにお義兄さんの言うことは真実かも知れません。でも、幽かにでも彼女の存在を感じられるように仮初であっても存在した証明をお墓という形にするのではないのですか? それで救われる苦しみもあるのではないですか?」
一理ある、と義兄が言いました。
「だが貴女の言っていることは、生きている者の苦しみをどうするか、でしかない。確かに残された者たちはそれで心に整理をつけて死を受け入れていくのだろう。しかし、それで沙耶が生き返るわけではない。沙耶との記憶を形骸化し美化して本当の彼女を忘れていく」
「それは…」
「沙耶の想いはどこにあるのだろうね? 死を受け入れられてしまった沙耶の気持ちは? 結局のところ墓を拝むなど生者側の自己満足でしかないということだ」
「そんな、でもそれは」
「仕方がないこと、か。そうだろうね。人は死者になにも出来ないのがこの世界の今ある形だ。
なればこそ生者が前を向けるように切っ掛けが必要であり、それが葬式などの儀式一連であり、それらを経ることで人は心の傷を癒す。
それは大いに正しい考え方だ。理にかなっている――」
――そうして納得することで諦めてしまう。
義兄は呟くようにそう言いました。
「自己満足すべきだということが現実で、それが世の理だと言うのであれば、僕はその理を否定する」




