ここにいる理由
「君は水晶を知っているね?」
「水晶? 水晶ってあの水晶ですか?」
「そうだ。占い師なんかが使うアレだよ。水晶とは石英の結晶だ。石英はクウォーツといえば馴染みがあるだろう。クウォーツは時計などの精密機器も使われる重要な素材。圧電体という性質を持ち、圧力をかけると電気を発生させるという性質がある。また電圧をかけることで一定の周波数振動を発振するという性質もあり水晶振動子として用いられることも多い。水晶振動子は精密機器を用いる現代科学では多く利用される素材だ」
占いとの関連性は分からんがね、と桐崎は笑った。
「それとわたしに何の関係が?」
「案外と君はせっかちだな。そう噛みつくな。さっきも言ったが何も君をとって食おうというのではないのだ」
そう言うと桐崎は紅茶にミルクを入れ、シロップを三つ入れた。
「甘党でね。君も遠慮せずに飲みたまえ」
桐崎はひと混ぜするとグラスに口をつけた。わたしは何も加えずそのまま氷の浮いた紅茶を飲んだ。すっと冷やかな感触が喉を伝った。
「我々はね、その水晶で電力を生み出すことを研究してきた」
「水晶で?」
「そう、水晶でだ」
水晶で発電、そんなことができるのか?
あまりに有名すぎるこの素材で発電ができるなら、既にどこかで使われていそうなものだ。
「そうは言っても水晶なら何でもいい、という訳でもない」
わたしの心を見透かしたように桐崎が言う。
「膨大な電力を生み出せる水晶。それを見つける為に鉱石研究の専門家である島野女史、彼女の協力が必要だったのだ」
島野さんの方を見た。これまで伏しがちだった顔が真っ直ぐこちらを見ている。沙耶ちゃんの顔だった。
ようやく彼女が口を開いた。
「赤海山一帯はかつて大きな火山活動があり、その際に生成された水晶が一帯に豊富に存在しているの。そもそも水晶は比較的容易に手に入る然程珍しくも無い鉱石。海外、特に南米などには相当な規模の水晶の鉱床もあって、高さ数メートルに及ぶ大きなものもあるわ。でも、新たな技術に必要な石英はただ大きければいいというものではないの。その点で赤海山の周辺に存在するものとは性質が大きく異なる。この辺りで取れる水晶は純度が高いものが多いのよ」
「でもどうやって? 圧電体だと言うなら圧力を掛けるんですか?」
「それでは微々たる量の電気しか得られません。無駄に石英を破壊して食い潰すだけになってしまうわ。それではこれまでの消費生産と何ら変わらない結果になってしまう」
その通り、と桐崎が鋭い視線をこちらに向けた。
彼の瞳はこれまでのどこか巫座戯の混じったものとは違っていた。殺気が込められたような、周囲の空気の張り詰めるような妙な圧力にわたしは息を呑んだ。
「我々が利用するのは『共振作用』だ」
その瞬間、わたしの背筋に冷たいものが走った。ここに至ってまさかという疑念が湧き上がってきたのだ。
「我々が作り出したのは、クリスタル・レゾナンス・ジェネレーション・システム。つまり水晶共鳴を利用して発電をするというものだ。二つ以上の特殊な石英結晶に電流を流し共鳴、共振させることで電力を増幅させる」
「そんなことが…」
「可能だ。既に小規模であるが実験は成功を見ている」
完成していると言うのか?
「計算上、我々の想定規模での運用を行った場合、そこから得られる電力量は凡そ一分間で三十兆Jこれは広島型原爆の約半分のエネルギー量であり、原子力発電所一基が一日に生産する電力の凡そ三分の一に相当する。
核分裂のようなリスクのある制御そのものが必要なく、共振を止めるには電力の供給を止めるだけで良い。発生した電力の一部をリロードして使用する為、運用電力は多く必要ない。微量の電気が膨大な電気を生み出す、安全且つ効率的な、正に夢の技術だ。これが実現すればそれによって与えられる経済効果は計り知れない」
桐崎の話が本当なら、エネルギーの分野において歴史を塗り替える発明だ。小さな電力を増幅して生み出すシステムはそれだけで完結する永久機関と言ってもいい。しかし、果たしてそんなものが本当に出来るのだろうか。それに。
「二つの特殊な石英結晶と言いましたが、そんなものが?」
「既に手に入れているわ。発見まで四年かかったけれど」
あると言うのか、そんなものが。
「そして今夜、我々は遂にその歴史的な実験を完成させる」
「今夜?」
事実であれば確かに聞く限り途方も無い夢の技術だ。だが、実験の段階である以上、最大規模で行った場合のリスクもある。話が本当であれば万が一事故にでもなればその被害は甚大なものになるのではないか?
「ちょっと待ってください。それが事実だとして本当に暴走しない保障があるのですか? 発生させた電力をリロードさせて循環する以上は暴走すればそれこそ無限に増幅され、最後にはどうなるのかも想像できないような事態を引き起こすのではないのですか?」
その時の被害など推測も出来ない。もちろん事実かどうか定かではない。
だがもしも話が本当なら、ものの二分で広島原爆一発分のエネルギーなのだ。
「もちろんその点に関しても計算ずくだ。最悪の場合には各機関を切り離して供給を停止させることが可能だ。共振遮断の為の手段も二十に及び、それ以外にも過剰な電気は専用のアースで地中に逃がす方策もとっている」
万全だ、と桐崎は言った。
「だからといって――」
桐崎が立ち上がった。
「その通り。絶対ということはあり得ない。だからこそ我々としても失敗の可能性となり得る不確定要素を前もって潰す必要があるのだよ。この研究は我々が全身全霊心血を注ぎ七年の歳月をかけてここまで来た。例えどんな些細なことでも今この時に限っては安易に見逃す訳にはいかないのだ」
分かるだろう? と桐崎は不敵な笑みを浮かべた。
その笑みは全てを物語り、自分がその不確定要素の一つとなっているのだと気付くのには充分すぎた。だからこそわたしはここに居るのだ。
「わたしがあなたの邪魔をすると言うのですか? 何の為に?」
「そうとは言っていないさ。だが君が何らかしらの影響を持つ可能性も見逃せないということだ」
「ただの一般人のわたしにそんな影響力は無いですよ。それに村に影響さえなければ反対も何もするつもりもありません。それとも村に影響があるとでも?」
「いや。だから君には実際にシステムを見て欲しいと思っているよ。低速運用から目の当たりにすれば如何に安全であるかが分かるだろう?」
望むところだと思った。少しでもおかしなところがあれば指摘してみせる。
桐崎は壁際のロングキャビネットに近付き、その上に並んでいた本の中から一冊の古びたノートを取り出した。
「だが…私の懸念は君そのものではない」
「どういうことですか?」
桐崎がノートに視線をおろす。島野さんもまたわたしから目を逸らした。
「我々の研究はある一人の男によってもたらされた」
パラパラとノートをめくる。
わたしは再び全身に粟立つものを感じた。
「寡黙な男でね。以前から何を考えているのか分からない節があったのだが彼の理論は筋が通っていて信用に価するものだった。事実、現在行っている我々の研究の基礎のほとんどは彼が構築したものだ。
悔しいがね、彼は真の天才であったと思うよ。だが奴はある日突然姿を消した。五年ほど前のことだ」
デジャヴを覚える。
島野女史の言葉が脳裏を過ぎり彼女を見たが、彼女はこちらを見ようとはしなかった。
「彼の存在が我々の研究を根底から覆しかねないほどの脅威でもあるのは君にも理解してもらえるだろう」
「その人は行方不明なのでは?」
その筈だった、と桐崎が言った。
「ここひと月ほどのことだ。彼の姿が都内で幾度か目撃されたのだ。今になって現われた目的は分からないが時期を考えると楽観視はできない」
この男だと桐崎はわたしにノートを差し出す。
それはノートではなくアルバムだった。示された写真には数人の男女が写っている。
桐崎を中心に会社の重役らしきスーツに身を固めた中年が四人、島野女史は今と然程違わない。そして右の端に立つ男。
「…嘘だ」
右端に立つ白衣に身を包んだ姿。
髪が真っ白で一瞬老人かと思った程だ。
だが、その顔を見間違えるはずも無い。
彼は。
わたしは写真から目を逸らすことも出来ず。
ただ混乱と眩暈に襲われ、力の抜けてゆく全身をソファーの上に何とか維持するのが精一杯だった。
「兄…さん……」
そこに写っていたのは紛れもなく
生死の知れない兄の姿だった。
「それが、君がここにいる理由だよ」
桐崎は無感情にそう言った。




