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夏の夜のクリスタルレイン  作者: イリ―


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桐崎洋二

 午前八時過ぎ、わたしは帰宅の為に荷物を(まと)めていた。

 荷物というほどのものは無かったが、痛み止めなどの薬などを分けてもらい、洗濯してもらった服に着替えたところだった。

 部屋に数人の男が入ってきた。

 わたしは大仰(おおぎょう)な見送りだと思ったのだがどうやら彼らはわたしを家に送り届ける為にやってきたのとは違うようだった。桐崎の社員の制服ではなく、黒いスーツに身を包んだ屈強な印象の男たちの姿を見れば一目瞭然だった。

 物々しい雰囲気に財前(ざいぜん)医師が男達に尋ねる。


「なんだ? 随分物々しいな、何事だ」

「彼にご同行いただきます」

「なんでだ、彼の身元は割れているしスパイ容疑など晴れたのだろうが」

「詳細はお答えできませんが、社長のご指示です」

「社長の?」


 財前医師は()に落ちない様子だったが、それ以上食い下がることは出来ないようで、わたしを振り返って申し訳なさそうな顔をした。

 わたしは彼らに取り囲まれ促されるまま医務室を出て車に押し込まれた。

 まるで犯罪者のようである。そもそも不法侵入者であることは理解しているが、(はなは)遺憾(いかん)なのは言うまでもない。だが、それをここでこの男たちに喚き散らしたところで無意味であることは先程からの応答でも分かっている。


 車は厳重なセキュリティのかかった幾つかの門扉をくぐって敷地の奥へと進む。

 凡そ五分程で車は停止した。敷地内部であることを思えば充分広い。


 真っ白な建物だった。

 恐らく研究施設のようなものだろう。窓の数も少ない箱のような建物は一般の建造物とは明らかに異なっていた。


 わたしは再び男たちに囲まれ、建物の中へと導かれた。

 通されたのは高そうな調度品の置かれた応接室であった。山中に不釣り合いな近代的で白と黒を基調としたモダンな室内には金属とガラスの硬質さが満ちていた。

 黒い皮のソファーに座らされると、わたしを残して男たちは部屋を出て行った。


 部屋は冷房が効いていて適度に涼しかった。天井を仰ぐとLEDのライトがまるで星空のように散りばめられていて照明器具は下がってはいない。外から見ても分かったことだが同様にこの部屋にも窓は無く、音も無い室内は時間が止まったようにさえ感じられる。


 十分程は経ったろうか、時計も無いので定かではないがその位だったと思う。

 実際はもっと長く感じたから差し引きでそう判断した。さすがに退屈でその辺の調度品でも見て歩こうかと立ち上がったときだった。応接入口の扉が開いて男が現われた。


 男は細身の長身で吊り目気味の印象から狐のように見えた。

 頭髪はオールバックに固めていて口許は僅かに微笑んでいる。高そうなグレーストライプのスーツにダークブルーのタイが印象的だった。


「待たせたね、すまない。今日着いたもので色々と手間取ってしまって」


 親しいビジネスパートナーにでも謝るような口調で彼はおどけてみせた。

 わたしはこの男を知っていた。

 当然だ。彼はテレビやビジネス誌を目にする人間であれば顔も名前も知っているはずだからである。


 桐崎エナジーコーポレーション代表取締役社長・桐崎洋二(きりさきようじ)は真っ直ぐこちらへとやってきた。

 その後ろから続いて彼女、島野真奈が入ってくるのが見えた。


「初めまして、私は桐崎ECPの代表をしている桐崎洋二と申します。以後お見知りおきを。思っていたよりも元気そうだ。怪我のほうはどうだい?」


 彼が差し出した名刺をわたしは受け取った。


「お陰様でなんとか。ありがとうございました」

「それは良かった。彼女は特別顧問をしている島野(しまの)女史。既にご存知かな?」

「えぇ、恩人ですので」

「まぁ楽にしてくれたまえ」


 島野さんは無言で目礼だけして単座のソファーに座り、桐崎社長はその隣のソファーに座る。

 わたしも促されるまま二人に対峙する形で腰を下ろした。

 暫くの間、桐崎はソファーに身を預けてわたしを値踏みでもするかのように無言でこちらを見ていた。わたしはその空気に耐えられずに口火を切った。


「こちらの施設に無許可で立ち入ってしまったことは申し訳ありません。手当てまでして頂き感謝の言葉もありません。しかし社長直々にわたしなどに、一体どういう?」


 ふむ、と桐崎は身を起こし膝の辺りで手を組んだ。

 扉のノックと共にスーツ姿の女性が飲み物を運んできてそれぞれの前に置いた。

 氷の浮かんだ紅茶のようだ。レモンがグラスに入っている。幾つかのシロップとミルクの入った容器を置いて女性は出て行った。


「まぁゆっくり説明しよう。安心してくれていい。コーヒーのほうがよかったかな?」


 そう言ってドリンクを勧めるように手を出した。


「君は我が社が行っていることをご存知かな?」


 わたしはなるべく簡潔に、ありのまま知り得る桐崎ECPの情報を述べた。善しも悪しもである。桐崎はそれを聞いて笑った。


「ゴシップも含めるかい。正直だな。その辺りはそっくりだ」


 引っ掛かりを覚えたが誰にとは問わなかった。


「ゴシップなどマスコミお得意のエンターテインメントでしかない、信じるも信じないも自由だ。だが、我々が行っていることは正しく理解しておいてもらいたいね、特に君には」


 島野さんは何も言わずにただ座っている。


「我が社は太陽光発電、メタンハイドレート、バイオエタノールなどあらゆる新エネルギーに着目してより良い生活環境を目指し研究開発を行っている。現在、原子力に多く依存するこの国の状況は世界情勢の視点からも、反原発の(あお)りも受けて芳しい状態ではない。また、新エネルギーの研究も進んでいるとはいえ自給自足には遠く及ばず、石油などの化石燃料にも頼らざるを得ない。この世界的な不況の中では輸入にも大きな負担がかかり、これらの状況を打破するには全てをひっくり返すような強力な駒が必要だ。我々としても、国としても、ね。ここでそれを我らは研究している」


 桐崎の言う強力な駒が何か、それは推測でしかないがつい口をついた。


「地熱発電、ですか?」

「ほう、なぜそう思うね?」

「この場所は休火山である赤海山(あかみやま)に程近く、何か大きなエネルギー関連施設が作られるのであれば核施設は無いでしょう、湖も無ければ海も遠い、各施設には大量の水が必要だ。

 となれば土地的にも地熱発電が有力かと。これなら桐崎ECPの行う事業としては現状では最有力かと考えただけです」

「では環境汚染の可能性についてはどう考えている?」

「わたしは専門家ではないので厳密なことは知りません。ただ地熱発電において河川や地下水の汚染は報告が無かったと記憶しています。それに物理資源を必要とせず、温室効果ガスの排出も少ない優れたエネルギー源であり、需要に応じた安定した発電量を得られるベースロード電源として利用可能だと聞いたこともあります。

 リスクがあるとすれば火山活動自体になんらかの影響を与える可能性ですが、それも火力や原子力など他の発電方法と比べればリスクは少ないと言えるでしょう」


 桐崎は感心したように拍手をした。


「素晴らしい。なるほど、それなりの見識は持っているようだ。確かに火山大国であるわが国には適した発電方法ではあるがね。地熱発電には探査・開発に長期間を必要とする。探査結果によっては利用が適わない場合も多い。そして、はっきり言ってしまえばこの場所、赤海山麓は地熱発電には適さない。それは国が行った調査でも分かっていることでね」


 だから残念ながら地熱発電などは行わないよ、と桐崎は不敵に笑った。



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