生霧神社
寝たのだか起きていたのだか分からないような睡眠と覚醒を繰り返した結果、ひどく朦朧とした朝を迎えました。
家の中が妙に騒がしい様子で何があったのだろうと携帯の時計を見ると、まだ朝の五時前、窓の外が薄らと明るくなりつつある程度です。食堂ではお義母さんやお祖母さまが何かを作っていて、お義父さまも荷物を軽トラックに積み込んだりしているようでした。
「あらあら、正美ちゃん。やかましかったべせ。起こしてごみんなさいねぇ」
「おはようございます。どうなさったんですか皆さん早くに」
「おはよう正美ちゃん。今日から村の盆大祭でしょ。午前中から神社のお神楽があってね、奉納品を納めにいくの。ほらお父さんそれも忘れないでね」
義母の指示に義父は無言であっちこっちと動いてトラックに荷物を積んでいきます。
「あたしも何かお手伝いします」
「ありがとう。でももう殆ど積んじゃったから。あとは運ぶだけだし」
「じゃあ、一緒に行って荷下ろしを手伝います。お義母さんたちは休んでいてください」
車に乗り込もうとしていた義母の袖を引きながら食い下がると、漸く助手席を空けてくれました。
「そんなに言うならお願いするわね。重い荷物もあるからそういうのはあっちにいる若衆に任せちゃってね。怪我でもされたらあの子に怒られるから」
そう言ってお義母さんは笑いました。
車中での義父は終始ご機嫌でした。彼の幼い頃の話をしたり、遡れば義母との馴れ初めまで楽しそうに語ってくれました。しかし、それらの話の中にはどこにも義兄の話は出てきませんでした。
あたしは昨夜出会った義兄の姿を思い浮かべました。
少なくとも義兄は元気な姿でいます。そのことだけでも義父に伝えるべきなのではないかと思う反面、それを伝えることの恐ろしさも感じていました。もしかしたら、たったそれだけの事実が彼の家族を壊してしまうかも知れないと思えてしまうのです。
それ程、彼の家族にとって義兄の話は禁忌ともいえる重みを持っていました。
「正美ちゃん、ほれ、着いた」
結局あたしは義兄のことについて何も話すことが出来ませんでした。
生霧神社の表参道は思っていたよりも立派なものでした。石造りの鳥居も五メートルはあるでしょう。参道も石畳が敷かれています。石畳の脇にも幾つかの灯篭が並び、玉砂利が敷き詰められているのを見ると、もしかしたら思っていたよりずっと由緒ある神社なのかも知れません。
表参道の広場には奉納品を納めに来た他の家の方々もたくさん集まっていました。米俵やお酒が目立ちますがそれ以外にも野菜や、中には生きた鶏なども見られました。
「おう、正美さんでねが。あいつ今日は一緒でねの? 運ぶの手伝うが。久美、正美さん来てらよ」
はっちんさんでした。彼の幼馴染みで一昨日の夜一緒に飲ませて頂きました。呼ばれてやってきたのは奥さんの久美さんです。
「あらあら正美さん。こないだはどうもー。ちょっとあんたほら早く持ってあげへじゃ」
「やがましいじゃ、今そうすべってへってらべな」
仲良さげに言い合う二人に義父が声を掛けました。
「わりぃの、手伝わせつまって」
「なもなも、ウチのはもう収めたすけ。ほんとだば青年会がもっと動かねばなんねのさ。だけども昨日の雨での、学校の方の手入れも必要になってまったもんだから」
そんな風に話す二人を眺めていると、久美さんが荷車のようなものを持ってやってきました。
「正美さん、これ使って。荷物運ぶのに便利だはんで」
にっこり笑う久美さんはまだ二十五歳だそうです。若々しくも農家の嫁らしく輝いて見えました。
あたしたちは早速荷物を運び始めました。
荷物の多くは野菜、それからお味噌、お漬物などでした。それらを参道から拝殿へと運び込みます。距離はそんなになかったので思ったほど大変ではありませんでした。拝殿に向かって右手に神楽殿というらしいのですが、神楽奉納をする為の舞台のようなものが見えます。
「すごいですね。あそこでお神楽をやるんですか?」
「んだの、十時からだはんで正美さんも観に来たらいいべ。こった田舎の小さな神楽だはんで正しくは里神楽、ここのは山伏神楽の流れを汲む神楽での、宮中でやるのが御神楽っていうんだけども。ここのも案外ちゃんとしてらはんでの」
はっちんさんはそう言って白い歯を出して笑いました。




