白髪の男
夕日がその切れ目からオレンジの刃を差し込み始め、段々と薄曇が夕焼けへとその姿を変えていきます。夕日の紅と影の黒が鮮烈なコントラストを描き出す美しい世界にありながら、あたしは恐怖に全身を包まれていました。
手に持つ傘の取っ手を強く握り締めて堪えます。
「確かに、俄かに信じられることではない」
普通は。そう言って彼はまた一歩あたしの方へと歩み出ます。
「来ないで!」
それでも彼は止まりません。
逃げよう。そう思った直後でした。
男は言ったのです。
「自分のその力の正体を、あなたは知りたくはありませんか?」
あたしは身動きが取れなくなりました。それでも必死に踏み止まり彼を睨みます。
「あなたの言っていることの意味はまったく分かりませんが、あなたは今、その力は強い直感や感性だと言っていたじゃないですか。なら正体は知れているのじゃないですか」
「それは、力そのもののことです。でもあなたは自分が一体何を見ているのか気がついていない。僕が言う正体とはそういう意味での正体ですよ。それとも、あなたは自分の見ているものが一体なんなのか分かっているのですか?」
あたしは何も答えられませんでした。それが何なのか分からないのは、誰よりもそれが見えてしまっているあたし自身なのです。
「あなたにはそれが何か、分かっているというのですか?」
「そうですね。限りなく正解に近いものを、ですが」
影に埋もれて表情はまったく分かりませんでしたが、彼は小さく微笑ったのではないかと思います。
「じゃあそれは、分からないと言っているのと同じことですよね」
「貴女は面白いですね。昔、同じように僕にそう言った女性がいました。だからこそ僕は答えを求め続けてきたのですがね。しかし、その頃とは違います。今の僕はもう答えに手が掛かっている」
男は歩き出します。
今度はあたしを避けるように緩やかな弧を描きながら。
「それが証明できるのはもうじきです」
「今教えてはくれないんですね」
あたしは怖さを堪えて訊き返します。弧を描く彼の動きに身体をずらしながら一定の距離を保ちます。しかし彼がもうあたしに近づこうとしていないのは分かりました。
「今はその時ではありません」
彼が立ち止まりました。
「つかぬ事をお伺いしますが、この村にはお盆の間いらっしゃるのですか?」
「それに答える必要はないとは思いますが、今のままではあたし、とても失礼なままの気がしますので、そうです、とだけお答えします」
貴女は本当に面白い、と男はあたしの方を向きました。
「随分と影が濃いようですね、これでは僕の顔も見えなかったでしょうに」
そう言うと男がフードを外しました。
その時にはあたしと彼の位置は入れ替わっていたので、西日が彼の顔を照らしました。
年齢は多分初老に差し掛かる位でしょうか、もっと若いようには見えるのですがこれまでの会話の印象からその位だと思ったのです。
彼は妖しげな印象から受けた想像よりもずっと柔和な、穏やかな印象の顔立ちです。
ただ、異質だったのは髪の毛でした。
真っ赤なのです。
つまり、夕日に染まった彼の髪の毛は白髪なのです。
初老と判断した上でも白過ぎる髪はあまりに異質でした。マンガやアニメ、フィクションの世界ではよく見かけますが実際に目の当たりにすれば、やはりそれは奇異に映るのです。
不思議だったのは、彼の顔を見た瞬間、何故か落ち着いたことでした。
もちろん、何だか分からないものがその形を見せれば安心はします。それもあったとは思いますがそれだけではない何かがありました。それが何かは分かりませんが、もしかしたら思いの他、寂しそうに見えるその瞳がそう思わせたのかも知れませんでした。
「貴女は聡明な方だ。僕が何をしなくても、いつかきっとその力の持つ意味に辿り着けることでしょう。寧ろ辿り着かねばならない」
「あなたは一体誰ですか?」
そう問わずにはいられませんでした。しかし彼はそれには答えません。
「不思議なものです。貴女とは妙な縁を感じる。またいつかお会いしましょう」
それだけを言うと男は一礼をして背を向け立ち去りました。
あたしは、誰もいない夕暮れの校庭に立ち尽くしていました。
周囲には何もありません。
先程見えたアレも今はどこにも見えません。
太陽が山の稜線に消えかけ、次第に夜が満ちてきます。
もう、音は聴こえなくなっていました。




