レコードキーパー
何の気なしに店内を見回していた時です。
ふっと気になった石がありました。
それはショーケースの中でも、島の上に並んでいたのでもなく、乱雑に籠に入れられていただけの小さな水晶です。
それを取り上げて光に透かしてみました。内側に少し茶色いくすみのある石でした。
「なかなか良い感性ね」
「きゃっ」
急に耳元でした声に驚き石を落しそうになりました。
それをあたしの手からひょいと取り上げて麻奈さんが笑いました。
「ごめんなさい、驚かせる気はなかったのよ。大丈夫?」
「はい、大丈夫です」
他の商品にぶつかって壊したりしなくて良かった。とてもではありませんが高校生に弁償できるような額ではないものばかりなのです。あたしは胸を撫で下ろしました。
そんなあたしを麻奈さんはまじまじと見つめていました。
怒らせることをしたのか、それともなにか言いたいことでもあるのか、彼女の視線にあたしは戸惑いました。
すると、石とあたしを交互に見ながら麻奈さんは微笑んだのです。
「あなたお名前は?」
「正美です」
「正美ちゃんか。あなた、強い力を持っているわね」
「えっ!」
あたしはその言葉に半ば本能的に反応し、背筋が凍ったような気持ちになりました。
普通の人には見えないものが見える。
もしもその事がばれてしまえば、あたしは周囲から疎外されることになるかもしれません。大事な人たちに拒絶されて生きていける自信はありませんでした。
優希の方を見ます。優希は幾つかのストラップやブレスレットを必死に見比べていて、こちらの会話には全く気付いていなかったので、少しだけほっとしました。
「力って、何のことですか?」
平静を装って問い返します。麻奈さんはそうねぇと目を細めました。
「力っていうと勘違いされ易いんだけど、解りやすく言えば他の人と比べるとちょっと秀でた洞察力、みたいなものかしら」
「洞察力、ですか?」
「無意識のうちに受け取る情報量が他の人より多い場合、それを感受性と言ったりするわね。無意識のうちに使われる洞察力もそう。力というとアウトプットなものを想像する人が多いけれど、実際にはインプットに秀でる場合もあるのよね。あなたの場合はそっちじゃないかしらと思うの。例えば、霊のようなものが見えたりしない?」
その時のあたしがどんな顔をしていたか思い出せませんが、多分青ざめていたことだろうと思います。図星を突かれて平静を装えるほど大人ではありませんでした。
「そんなの…見たことなんて……ありません」
そうして誤魔化すのが精一杯でした。
麻奈さんは「そう」と意味深に微笑んで石をあたしに差し出しました。あたしは戸惑いながらそれを受け取ります。
「あなたの見つけたその石はスモーキークウォーツの欠片。ちょっと茶色く曇っているでしょう。その上の面、光に反射させてみて」
あたしは訳のわからないまま先端の尖部を構成している面の一つに光を当てた。
「よく見ると、そこのファセットに模様があるのが分かる?」
「あ、はい、三角形が見えます」
ファセットが何か分かりませんでしたが、指差された面に光を当てると、そこに三角形の模様が見えました。まるで何かで掘り込んだようにも思えるくらい正確に、二等辺三角形が天を指すように描かれています。
「これ、なんなんですか?」
「それはね主に石英、いわゆる水晶にまれに浮かぶ模様で『レコード』というの。その模様が浮かぶ水晶を『レコードキーパー』と呼ぶのだけど、水晶の中でも希少でより強い力をもった石なのよ。『レコードキーパー』にはね、古代アトランティスやレムリアの英知が刻まれていると言われていてね、純粋な心、捕らわれることない精神のみがアクセスができるとも言われているの。一説には古代文明人が後世に残した平和のメッセージが記録されているとも言われているわ。最も神聖なクリスタルなのよ」
その時のあたしにはどうしてこんな模様ができるのか、その理屈は分からないけれど不思議なものだと三角形を見つめていました。
「それ、あなたにあげるわ」
「え?」
「石はね、効果効能を鵜呑みにしては駄目なの。石との縁、それが大事なのよ。そしてあなたはこれだけ沢山の石の中からそれを見つけ出した。それが一番大切なこと」
「でも、貴重なんじゃないんですか? 初めてなのにそんな」
「初めてだから記念に、ね。それに石自体はそんなに高いものではないし。まぁ遠慮しないで、優希ちゃんにも初めての時にあげているから」
そういって悪戯を内緒にするように麻奈さんは唇に指を当てました。
『レコードキーパー』古代の英知。平和のメッセージ。
あたしは店を出てからも、家まで帰り着いたその夜も石を握ったまま、どきどきと高鳴る心臓の音を石の脈動のように感じていました。




