八百万の幻
あたしは彼と添うことを選びました。
彼ならあたしを受け入れてくれると思ったのです。
彼の実家に結婚の報告と挨拶に行ったとき、彼のお父さんもお母さんも喜んでくれました。訛りは未だに聞き取れないことも多いけれど、基本的に皆さん優しく不快なことは何もありません。
それまでにも何度か遊びに行ったことはあったし、取り立てて彼の実家への訪問に抵抗は無かったのだけれど、強いて言うのならば唯一つだけ苦手なことがありました。
あたしは彼の実家にいる間、常に偏頭痛に悩まされました。
実は『彼ら』を見るときには必ずと言っていい程、頭痛に襲われるのです。
それまでは疲れから来る慢性的な偏頭痛だと思っていたのですが、どうもそうではなかったようです。
薬を飲んでも効き目は感じられなかったので耐えるしかなく、辛うじて我慢している状態でした。
初めのうちは慣れぬ場所だし緊張しているのだろう、と思っていましたが、どうやらそれは違っていたようです。回数を重ねても彼の実家に伺う度に同じように頭痛に襲われました。
近年、パワースポットと呼ばれる場所がブームになったりしていますが、彼の村そのものが何かの力のようなものに包まれたような場所であるのかも知れません。実際に村から離れると頭痛は止みました。
そしてどういう訳か、彼の実家の村周辺では特に多く『彼ら』の姿を見るのです。
初めは道端ですれ違った人でした。
あたしは挨拶したのですが無視されました。
田舎の村だし他所者には多少なり抵抗があるのかもしれないな、とそう思ったのですが違いました。
彼の実家のある村の住人は皆、無愛想どころか、うるさいくらいに愛想が良かったのです。珍しい人間がいると思うとむしろ積極的に関わってきました。好奇心が旺盛と言えるでしょうか。
とはいえ、色々な人がいるのだから無愛想な人もいるのだろうと思ったのです。
それでも気になって、それとなく彼やご両親に無愛想だった男性の特徴など伝えてみたりしたのですが、不思議なことに該当する人物が浮かんではこなかったのです。
皮肉なことに、幻だと思えば思うほど、『彼ら』は己の存在を誇示するようにしてあたしの前に現れました。
後になって気がついたのですが、その男性にも『彼ら』の特徴とも言える性質のようなものがありました。それは思い返すと一貫していたように思います。
『彼ら』はこちらを認知していない。
『彼ら』は無反応なのです。
あたしのことが見えてもいないし、聞こえてもいない。
そのくせ『彼ら』は笑ったりするのです。
笑い声は聞こえません。まるで何かの映像を投影しているような印象さえあります。こちらとは違う世界に生きているかのようだとも思えました。
もしかしたら、それが世に言う霊界や天国といったような世界なのかも知れません。
そういったこともあって、あたしはできるだけ彼の家に訪れた時には外出しないようにして家の手伝いをするようにしていました。それが一番安全だからです。もしも影響の強い場所に間違えて訪れたりして倒れようものなら心配をかけるだけだからです。
「まーちゃんの見ているそれは神様かもしれないねぇ」
中学生に上がる少し前に亡くなった祖母が、幼稚園の頃のあたしに言った言葉です。
「かみさま? でもひげはないよ」
ただのサラリーマンにしか見えなかった男や、買い物袋のようなものを下げた主婦の姿のどこが神様だというのだろう、と幼いながらにあたしは思いました。
「神様っていうのはね、なにも白いお髭を生やしているものばっかりじゃないんだよ。日本には昔っから沢山の神様がいてねぇ。例えばほら、そこの鉛筆や筆箱、まーちゃんの着ているお洋服にだって神様はいらっしゃる。八百万の神様っていうんだ」
「やろおろず?」
「やおよろず。だから、もしかしたらまーちゃんにはたまたま通りがかった神様が見えたのかもしれない。それはとっても素晴らしいことなんだよきっと」
「そうなの?」
納得はいかなかったけれど、神様が見えていると言われれば悪い気はしませんでした。それでも年齢を重ねるに連れて『彼ら』はやはり神様などではないと思うようになっていきました。だからといって幽霊でもありません。
そう思うには理由があります。
それまで幾度も見かけてきた『彼ら』の中に、ただの一度も死者の姿を見たことがなかったのです。
歳を重ねれば当然死にも立ち会うことが多くなってきます。
もしあたしの見ている『彼ら』が死者であるのなら、立ち会った死者の姿も見ることがあるべきなのではないだろうかと思いました。
だけれど、死んでしまった大切な人や知人を誰一人として『彼ら』の中に見出すことはありませんでした。中学に上がる前に亡くなった祖母に、幾度会いたいと咽んだか知れません。
しかし、あたしには祖母の姿を見ることはできなかったのです。
だからこそ、あたしは全て幻なのだと思うことにしたのです。




