『彼ら』
あたしは、幼い頃から実際には存在していないモノをよく目にしました。
存在していないのに見た、という表現は理に適っていないのは分かっているのですが、そうとしか表現できないから仕方がありません。
大雑把な言い方をしてしまえば幽霊、お化けの類が見える、というのが近いのかもしれません。
最初がいつかは分からないけれど、覚えている限りで一番古い記憶は、幼稚園の年少組の頃でした。
幼稚園からの帰り道、母親の自転車の後ろに乗っていたとき、閑散とした交差点の横断歩道を渡るスーツの男性が見えました。
彼の姿が何となく視界に入りました。
何も考えず目で追っていたのですが、当然何ごともなく自転車は男性から離れていきます。
そして、視線を戻そうとした瞬間でした。
赤信号。
そう思った直後、男性のいた場所を車が彼を押しつぶすように交錯しました。
あたしは驚いて叫び、母は何事かと自転車を止めました。
あたしは目にしたものを母に話し指差しました。
しかし、指の先にあったのは誰も何もない、いつも通りの交差点。
何が起きたのか分かりませんでした。
見間違いなどではありません。
確かに男性はいたし間違いなく横断歩道を渡っていました。もちろん足だってありました。
そこを車が通ったのだから、男性は轢かれたはずなのです。
しかし彼の姿はどこにもなく、忽然と姿を消したのでした。
母は大丈夫よ、なんにも無いわ、とそう言って自転車をこぎ出し、あたしはその交差点を呆然と見送りました。
それから後も、その交差点では幾度か同じようなものを見ました。
でも、それはあの男性ではありませんでした。
あるときは女性だったり、またあるときは老人だったり、子供だったりで、そのいずれも忽然と姿を消したのです。
そういったものを見るのは、なにもその交差点だけではありませんでした。
例えば旅行に行った先の山道などでも見かけ、または学校で、踏み切りで、凍てつく冬の海で泳いでいる姿を見たこともあります。
共通しているのは、彼らの姿は私以外には見えていないこと。
そして『彼ら』は怪談話に出てくるようにうらめしやと迫るでも、泣き叫ぶでも、這いずって襲いかかって来るでもなかったのです。
彼らはまるでただ淡々と普通の人間のように存在しその一瞬を通り過ぎているようでした。
だから、目にしていたものが世間で幽霊と言われているものなのかどうかは定かではなくて、もしそうだとしても次第に慣れていったあたしには、それらを怖いと感じる気持ちはなくなっていました。
だから、幽霊というものは見たことが無いし、もし彼らがそうなのだとしてもまったく怖くはありません。
あたしは幽霊というものが怖くはないのです。
ただ、自分以外には見えないものが見える、という他人とは明らかに違う自分というものには不安を抱き続けていたし、それが理由でお前は人じゃない、とそう言われてしまうかもしれない可能性だけは恐れ続けていました。
一人ぼっちが怖かった。
だからこのことは誰にも話すことも無く、親にも親友にも、婚約者である彼にも話したことはありません。それでも普段は体裁として一般の女子のように、そういったものを怖がっている風を装っていました。その方が自然だったからです。
婚約者の彼と出会ったのは、社会人になって二年目のことでした。
友人と二人でお酒を飲んでいたら、偶然彼女の知人がお店に入ってきて相席になりました。その知人の連れが彼でした。
彼はどちらかと言えば寡黙がちでしたが、話を聞いていると様々なことに造詣もあり、会話が苦手という訳でもなさそうでした。
彼は、霊魂や幽霊といったオカルト的な話が特に好きな様子でした。
それには彼のお兄さんの影響が大きかったのだ、ということが後になって分かってきたのですが、その時はあたし自身の件もあったので主張はせず、それとなく彼の話には興味をもって耳を傾けていました。
その頃も『彼ら』を見ることは度々ありました。ただ、都心部でそれらを見る機会は少なくなっていました。
もしかしたら、見ていたのだとしても多くの人々に紛れて気付けていなかったのかもしれない、と今は思っています。
とにかく彼とは気も合いました。
田舎者だからと言いながら、故郷のことを話すとき彼はとても嬉しそうな顔もします。そして、それと一緒にほんの少し寂しそうな影が射す表情にもたまらず胸を掴まれました。
彼と一緒にいたい、と思うようになるまでそう時間はかからなかったけれど、結婚という話になるまでには五年かかりました。お互い不器用な二人だからそれは当然といえば当然だったのかもしれません。
彼とは色々な話をしましたが、彼のお兄さんの話だけは詳しくはしてくれませんでした。
人には話したくないことだってある。あたしだって同じだし、あえて聞こうとも思いませんでした。
彼は幽霊とは心のあり方の問題だと言います。
強い催眠を受けたものが、思い込みで身体に影響を及ぼすようなことも多くあるのだから、見えると心底信じてしまえば、それらは見えるし居るのだと言いました。
思い込み。そうなのかもしれないと思うようになったのは彼の影響です。
触れることも聞くこともできないのなら、それは砂漠に浮かぶ蜃気楼とそうは違わないのだから。
そうしてあたしは、今までのことをただの錯覚として片付けることにしました。
『彼ら』は幽霊でも神様でもなんでもない只の幻にすぎないのだ、と。




