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夏の夜のクリスタルレイン  作者: イリ―


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桐崎エナジーコーポレーション

 立派な仏壇がある。

 経机(きょうづくえ)には香炉(こうろ)燭台(しょくだい)線香立(せんこうたて)、リンなどが並んでいる。それらの前に座り線香に火を点け、手で煽り消す。立ち上る煙を引きながら香炉に立て、リンを鳴らし手を合わせた。

 三つ足の立派な香炉だ。見上げると中段には常花の金蓮華(きんれんげ)が両側に一対輝いているのが見える。中央には在りし日の彼女の笑顔が立てられ、仏壇そのものもよく手入れされているのが窺えた。

 わたしは手を合わせたまま彼女、沙耶に結婚するのだと報告した。


「この方が、沙耶さん?」

「あぁ、僕の姉といってもいい人だよ」


 そう、と呟いた正美はじっと写真を見つめていた。


「どうかした?」

「ううん…なんでもない」


 正美は写真に視線をすえたままでそう答えた。様子が変だと思ったのだが、そこへ沙耶の母がやってきた。


「さぁさぁ、お茶っこ用意したから、こっつでどうぞ」


 わたし達は一礼して席を立ち、隣の居間に移ると座布団(ざぶとん)に座った。

 彼女の母もまた向かい合うように座り柔和な微笑を見せた。


「噂は耳に入ってたんだよぉ、本当に綺麗な方で。いい人が見つかって本当に良かったってウチの人とも喋ってたのせ。本当におめでとうございます」


 そう言って沙耶ちゃんの母、みつこさんは微笑んで頭を下げた。


「ありがとうございます」


 そう返しつつ頭を下げ、わたしは氷の入った麦茶を一口飲んだ。


「ところで、さっき珍しい車を見かけたんだけど」


 先刻のことを思い出したので聞いてみた。他所(よそ)から人が来ること自体こんな辺鄙(へんぴ)な村では珍しいことなのだ。


「あぁ、何とかっていう企業の人たちが北側の山で研究をしているんだってぇ、わも詳しくはよく分からないっけ、ウチの人だば知ってるんでねが」

「研究?」

「地質調査とかなんとか、もう半年になるべが? 結構経つんでねがな」


 そういえば半年前に北部の赤海山(あかみやま)周辺の土地を購入した企業があった。

 企業名は確か。


桐崎(きりさき)エナジーコーポレーションの連中だべ」


 痩身(そうしん)の男が居間へ入ってきた。両手を後ろで組んでいる。嘗てはもっと恰幅(かっぷく)がよかったがこの十年でずいぶんと印象が変わった。心労もあったのだろうが、もしかしたら多少病んでいるのかもしれない。


「お久しぶりです」

 わたしは沙耶の父、庄次郎(しょうじろう)に頭を下げた。


「元気そうだの。みつこ、お茶っこ。冷たいのは腹が冷えるすけ」


 はいはい、と小母は居間を出て行った。庄次郎小父(おじ)は上座に座った。


「随分と綺麗な人捕まえたの。おめにはちょっと勿体ねんでねのが? 兎も角おめでとう。まぁいい歳だものな、遅せくらいだべ」


 そう言って呵呵(かか)と笑った。正美は丁寧に挨拶を返した。


「何の研究かご存知なんですか?」


 どんだがなぁ、と返す小父。


「村の北側の更に奥、赤海山があるべ。あそこが江戸初期ごろに噴火した火山だったことは知っとるだろう、有名な話だすてな」

「今は休火山だから噴火はないって聞いたことありますが、実は活火山で火山活動の心配でもあるとか?」

「いやいや、そんでねぇな。だったら動くなぁ国だべ」


 確かに地殻変動が直接の原因なら一般企業の出る幕ではない。

 桐崎が動くということは、何らかしらの地下資源やエネルギーに関連する事柄なのだろう。火山活動のエネルギー利用が理由だとすれば地熱発電所の建設などが最有力かもしれない。

 あのあたりは国立公園に指定されている訳でもないし、温泉街があるわけでもないから最適ともいえる。


「何やってらのか知らねぇが、こったどごさあんまりよそ者がうろちょろするのもなぁ。差別ではねぇが車もやけに多いし、調査内容も詳しくは明かさないとくればな。今抗議文の提出が周辺の市区町村でも話題になっとるのよ。まぁ恐らく鉱物資源の調査でねべかなぁ」

「地下資源ですか? 以前の国が行った調査結果も渡しているんでしょうかね、それにしたって今更って気もしますけど。その上でってことかなぁ」


 この辺り一体の調査はかなり前に行われ、国はそのデータを持っているはずだった。その時には目ぼしいものはなにも無かった筈だ。

 小母が緑茶を()れてきて小父の前に置いた。小父はそれを取ってゆっくり口に運んだ。


「確かに前にも一度やったからの、あの時は国土交通省と財務省の調査だったがもう十五年は経っとるしな、結局なんもなかったっけさ」


 小父はそれだけ言って茶を置いた。


「それよりもな、この辺を通り抜ける車が多い方が問題よ。赤海の方さだば村を通るのが早いのはわかるがの、乱暴な運転しよるはんで危なくての。この間も市村さんとこの孫が()かれそうになって、怪我はなかったけども市村さんが役場に乗り込んで大変だったんで」

「それはまた」

「けれどもね、あの人の怒鳴り声も聞こえなくなると寂しいもんでの、市村さんには悪いけどもさ、久々に聞いて昔の活気が戻った気がしたのさ」

「まぁなぁ」


 小母に小父が苦笑し同意する。怒声でも聞き慣れた人にはそういうものなのかもしれない。

 ごそごそと懐から煙草を取り出した小父は、とんとんと箱を叩き出てきた一本を引き抜いて口に(くわ)えた。

 煙草の先に火を点けると、ぷかりと煙があがった。


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