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予感

 入道雲が力強く盛り上がり、真っ青な空には大きな円を描くように(とんび)が回っていた。

 空気が透き通っているのを実感しつつ深呼吸をする。木や草の匂いがする。林を縫うように吹く涼しい風が僅かに浮いた汗を冷ましてくれているようだった。蝉時雨(せみしぐれ)がその時も辺りに降り注いでいた。


 わたしは大学が休みに入り、寮から戻って久々の実家を満喫していた。

 実家は古民家というほど立派な合掌造りでも何でもない、ただ古臭いだけの木造建築だ。朽ちていく部分から改築を繰り返し、近代建築の侵食を受けた家には古の日本の誇りは感じられない。残された歴史を感じさせる柱だけには黒光りするような照りがある。

 隙間風が幾らでも入ってきそうな家だったが、いや実際入ってくるのだが、やはり落ち着く。そんな慣れ親しんだ空間は妙に心を安心させてくれた。これが実家の良さかと家を出て気がついたのを覚えている。青い空に入道雲が山脈の尾根のように広がっていた。


 その日、兄は早朝からどこかへ出かけて姿が見えなかった。

 わたしは何だか妙な疲労感が全身に満ちていて部屋で横になっていた。きっと身体のせいではなく精神的なものだったのだろう。窮屈な寮の生活から実家へ戻ったことで安心したのかもしれない。


 どのくらい経っただろう、(にわ)かに広がる奇妙な気配を感じて目を開けた。


 外はいつの間にか酷い雨空になっていた。予報のとおりで真っ黒な雷雲が広がっている。

 雷鳴と強く降り注ぐ雨風が激しかった。

 家の外を車が走る音が遠くから近づいてくるのが聞こえる。

 日も落ちかけて更に暗くなった窓をヘッドライトの明かりが横切った。


 車は家の前で止まったようだ。ざわざわとした声が遠くで行き交う。その声には異常な気配がまとわりついていて、内容はまったく聞き取れないのだが途端に心臓が早鐘(はやがね)を打ち始めた。

 わたしは「なんでもないさ」と自らに言い聞かせて鼓動を落ち着かせようとした。きっと訪れた客が急な雨の強さに興奮しているだけだ。そういえば大きな音がした。もしかしたらどこかに落雷があったのかも知れないとも思った。わたしは単に不安から勝手に勘違いをしているだけなのだ。嫌な予感など当たった(ため)しはない。

 深呼吸をし、大きな雨粒が世界を叩いている窓外の喧騒を追いやり、再び目を閉じようとした。

 しかし、それは家の中を小走りに駆け近づく音に邪魔されてしまう。

 部屋へと近づく小走りの音が聞こえて、母が襖を開いた。


「大変だよ!」


 感じた不安の正体。

 その訪れを知らせるには十分すぎるほど悲痛な母の顔がそこにあった。



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