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第8章 発端と過去 前編(2025年2月8日改稿)

※2025年2月8日に改稿を行いました。


この章では、物語の鍵となる人物、麻倉真緒の過去が描かれます。

真緒の家族が営む老舗和装店「麻倉和装」の賑やかな日常と、彼女の幼少期に起こった出来事を通じて、彼女の抱える心の闇や、叔母である妙子との特別なつながりが少しずつ明らかになります。

日常的な温かさと、謎めいた過去のコントラストが物語の深みを増していくこの章をお楽しみください。

週末の日曜日の昼。あかつき市の南あかつき通りにある「麻倉和装」には、多くの客が訪れていた。

和装店は昭和初期、創業であり、比較的年数の若い親族経営だ。店内は和の落ち着いた雰囲気と、美しい着物が並び、華やかさが調和している。


白髪頭にメガネをかけた老人が、店の奥で厳格な表情を見せ、静かに会計を監査している。

その傍で、妻らしき老婆が穏やかな笑みを浮かべてサポートしていた。

「あなた、今日はお客様でいっぱいですよ。」

「そうじゃな。志津子。真緒ちゃんがいい人を連れてきてくれたからな。」


店内には、臨時の茶席が設けられ、男が丁寧にもてなしのためにお茶を立てていた。その横で真緒も着物姿で父と共に接客に参加している。

真緒が男へにこやかに言う。

「お父様のお茶は本当に……」

「私は婿養子だからね。私ができるのはもてなしの心でお手伝いすることだ。社長とは立場が違うよ」

真緒の父は、店先に立つ一人の男に目を向けた。


男は活気に満ちた声を上げる。

「いらっしゃいませー!」

真緒も視線を移して言う。

「清太郎おじ様……」


すると、一人の着物の女性が真緒の父にゆっくりと近寄ってくる。後ろから数人の客が着いて来ている。

女性が真緒の父に声をかける。

「健司さん。お客様です。」

「清美。ここでは副社長だろう?」

「そうですね。副社長、お客様にお茶を……」

「わかりました。」

清美に案内された、数人の客は茶席に腰掛けていく。

清美が真緒に穏やかな視線を向けた。


真緒はうなづき、穏やかに言う。

「お母様。お任せくださいね。のぞみさんもいますし。」

清美は真緒の側に視線を移した。そして一礼すると、ゆっくりとその場を離れていった。


「真緒?ええんか?こんな高い着物、私が着てもうて……。」

のぞみが真緒の側で畳に行儀よく正座していた。恥ずかしそうにしながら真緒に尋ねる。


「大丈夫です。のぞみ。体型ぴったり。新作モデルに合っていますから。」

真緒は微笑みながら応じた。


健司は客にお茶を立てていく中、のぞみにも穏やかにお茶を勧める。

「いつも真緒がお世話になっているそうで。モデルを引き受けていただけて本当に華やかになりますよ。」


「私が?ホンマかいな!」

のぞみは照れ笑いを浮かべ、周りの客も二人のやりとりにほのぼのとした笑顔を見せた。

若い二人の着物姿は、和装店の品格に新鮮な彩りを添えている。

そんな中、のぞみは少し焦りの表情で小さくつぶやく。

「アカン!……足が……痺れてきたで……」

(こんな時は……気い紛らわさんと……)

 

のぞみは真緒をみると、足の痺れを紛らわすように、話しかける。

「なあ?真緒?」

「はい?なんでしょう?」

「今日、あの子の……葬儀やったんやな。小河佑梨さん。校内放送で言うてたやろ?」


真緒は一瞬表情を曇らせたが、すぐに微笑みを浮かべて頷く。

「そうですね。理事長が代表として出席すると放送で言ってましたね。」

のぞみは視線を床に落としながら、小さくつぶやいた。

「……理事長だけやねんな……なんでなんやろ……」


真緒が落ち着いた表情で言う。

「けど……なぜ、その話題を?」

のぞみが答える。

「ウチらは……こんなに楽しんでええんかな?って……思うねん。どないやろ?」


真緒はほんの一瞬沈黙したが、すぐにその空気を切り替えるように、優しくのぞみに話しかけた。

「今日は茶会を楽しみましょう。のぞみさんがモデルを引き受けてくださったおかげで、たくさんのお客様がいらっしゃっていますから。それに……。」

「それに?」

「今するべき事をするべきだと思います。小河さんの件は、残念だと思いますが、私たちはこうやって生きているのですから……。」

のぞみは一瞬迷うような表情を浮かべたが、すぐに明るく笑い返した。

「そやな!ほな、しっかりやりますか!」


真緒はその笑顔に安堵しながら、店内に振り返り、笑顔で茶会の客を迎え入れる。


レジは購買欲をそそられた客でごった返していた。

「あの若い二人の着物ください!」

「綺麗だわ!」

「二つとも買うわ!」

 

喧騒の中、清美が微笑む。

「また売れたわ!清太郎!レジが大混雑よ!応援を読んで!」

「父さんを呼んでくるよ」

清太郎が店の奥に入ろうとした、その時、白髪頭の老人がゆっくりと店内に出てきた。

老人は満足そうに笑みをこぼす

「ホッホッホッ。清太郎?忙しいのう?手伝おうかの?」

「父さん……いや、会長!」

「このわし……まだまだ現役じゃ。さて、やろうかの」

「はいっ!」

そして、二人はレジへ向かっていく。そして老人は客達に高らかに声をあげる。

「本日はお越しいただき、誠にありがとうございます。創業者で会長の麻倉清でございます。」

客たちは挨拶に沈黙で答える。

「今、麻倉和装は新しい時を迎えております。まだ、若い愚息の清太郎がご迷惑をおかけするかもしれませんが……」

清太郎と清美は息を呑んだ。客たちはわずかにざわめいている。

「暖かい目で、麻倉和装をお見守りくださいますようにお願いいたします。」

 清は一礼した。少し遅れて清太郎、清美が一礼した。

 茶席では健司と真緒、のぞみがその様子を見ている。


客たちからは、拍手が起こった。

清と清太郎は丁寧に客たちに挨拶をしていく。


 そして、店は元の喧騒を取り戻した。


 茶席では、真緒とのぞみが健司のお茶を楽しみながら一息ついている。

「のぞみ、お疲れ様です。今日はありがとうございます。」

「いてて……足が痺れてもうたわ……」

「あらあら……大丈夫ですか?」


健司がのぞみに静かに告げる

「どうぞ、足を崩してください。茶の湯の本来は、自由に楽しむものですから……」

「助かった……どないなるか思たわ……」

のぞみはホッとした表情であぐらをかく。


そして、真緒を見つめ、感心したように言った。

「真緒ってホンマすごいわ。着物が似合うし、賢いし、やっぱ生まれ持ったもんやねんな。」


真緒は一瞬視線を伏せ、少し控えめな声で答えた。

「……そんなことはありません。」


「えっ?」

のぞみが驚いたように聞き返すと、真緒は微笑みつつも遠くを見つめるような表情で続けた。

「今の私があるのは……叔母さまのおかげなんです。」


「叔母さま?」

のぞみは真緒の言葉にさらに疑問を浮かべた。


「ええ……妙子叔母さまです。」

真緒は静かに頷き、どこか懐かしむように口を開いた。

「でも、行方不明のまま……」


真緒の瞳は、何か大切なものを思い出すように遠くを見つめている。


その様子を見て健司は言う。

「妙子さんか……なぜ……」

真緒が言う。

「お父様……」


真緒は過去を思い出しながら、のぞみに話しだした。


―真緒6歳の出来事―


真緒が6歳の頃、あかつき総合病院の診察室には緊張感が漂っていた。清は心配そうに眉を寄せ、医師に向かって尋ねた。

「孫はどうなんだ?」


志津子も不安げな表情で言葉をつなぐ。

「二階堂ランドで……友達と遊んでいたら突然倒れて…」


診察室の中には、小さな真緒が清、健司、志津子、そして母・清美に囲まれて座っていた。

医師は深刻な顔つきで、ため息をつくように言葉を選んでいた。


健司が口を開いた。

「持病…ということですか?」


清美も不安げに続ける。

「心臓の問題、でしょうか?」


医師は静かにうなずき、真緒たちに目を向けて答えた。

「そうです。普通の生活には支障はありません。ただし、激しい運動は避ける必要があります。」


真緒が恐る恐る尋ねた。

「じゃあ…お友達と、遊べないの…?」


診察室は一瞬の静寂に包まれ、家族はそれぞれに真緒の小さな肩を見つめていた。医師は沈黙を破るように、結論を告げた。

「残念ですが、外での活発な活動は控えるべきです。」


真緒の目にはショックと戸惑いが浮かんでいたが、その場の誰もが言葉を失い、ただ彼女を見守っているしかなかった。


―そして、現在の麻倉和装―


過去を語った真緒は、少し遠い目をしたが、すぐにのぞみに向き直った。真緒はふと右手を胸に当てた。

「これが……私の……」

右手には小さなペンダントが握られている。よく見ればそれは細いチェーンで、首からぶら下がっていた。


のぞみは真緒に疑問を問いかける。

「それは?なんなん?」

「ニトログリセリンですわ。苦しくなった時に……。」


のぞみの疑問が深くなっていく。

「ほええ……今時ペンダントなんや?今はスプレーとかの方が主流やろ?昔のドラマみたいやな。」

真緒が神妙な顔で説明する。

「和服にはポケットがありませんもの。すぐに取り出せるように……母が考えたんですの。」

のぞみの顔が明るい笑顔に変わる。

「そうなんや。つまり……お守り代わりっていうことかいな。」

「最近は滅多に使いませんけどね……。」


のぞみが普段の真緒を思い出し、納得の表情でつぶやく。

「なるほど……真緒は梅昆布茶飲んどるし……和食ばっかりやわ……。健康的やしな……。」


のぞみと相反して、真緒の表情が、曇りを増す。

「けど……叔母さまは……。」


のぞみが真緒の隣で、悲しそうな顔をして呟いた。

「……そないなことがあったんやね。でも、なんでそれが叔母さまにつながんのや?」


真緒は少し間を置いて、言葉を選びながら答えようとする。

「それは……」


すると、健司がふと遠くを見るような目で言った。

「あのときから妙子さんが、真緒を……。」


のぞみは健司の顔を見て言った。

「あん時……?」


麻倉和装には、変わらず客がひっきりなしに訪れ、穏やかな喧騒に包まれていた。

 

のぞみは真緒に視線を移し、心でつぶやきを漏らした。

(どういうこっちゃねん……)

今回の章では、真緒の家庭の背景や、彼女の身体の問題、そして叔母である妙子との関係が描かれる中で、真緒が抱える内面の葛藤が浮き彫りになりました。

華やかな和装店の舞台裏には、家族の歴史と絆、そして未解決の謎が隠されています。

妙子が真緒に与えた影響とは何なのか?

次章では、その答えにさらに迫っていきます。

真緒が歩む道と彼女が抱える過去の重みが、物語をどのように動かしていくのか、ぜひご期待ください。

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