表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/79

第7章 残された何か(2025年2月8日改稿)

※2025年2月8日に改稿を行いました。


本章では、物語の核心に徐々に迫る要素を描写しつつ、主要キャラクターたちの内面にスポットを当てています。若くして命を落とした小河佑梨の葬儀が執り行われる中、天美理事長の冷酷で計算された行動が明らかになります。葬儀の悲しみの背後で動き出す「何か」が、物語全体に不気味な影を落とします。また、寺院に集う亮たち一家の描写を通して、彼らが抱える疑念や葛藤を描き出しました。

こんばんは。お読みいただき誠にありがとうございます。

本章は静かなシーンを基調としつつ、伏線や緊張感を盛り込むことで、物語が徐々にクライマックスへ向かって進む緊張感を演出しています。

読者の皆さんが、この章を通じて謎が深まる感覚を楽しんでいただければ幸いです。

日曜日の朝。あかつき学園の理事長である天美は、阪東寺という小さな寺院へ向かっていた。

寺の敷地にスポーツクーペを止めると、ガルウイングのドアがゆっくりと開く。

「ここか……」

寺はあかつき市の霧島タウン北西端の小さな林と共にひっそりと佇み、薄暗い境内に葬儀の静かな雰囲気が漂っていた。


寺に到着すると、天美は事務的な面持ちで葬儀会場へと入った。

棺のそばには、小河佑梨の両親が取り乱し、泣き崩れている。会場には親族数人が参列しているだけで、あかつき学園からの教職員や生徒の姿はなかった。

参列者たちは、若くしてこの世を去った佑梨の無念に、深い悲しみに包まれていた。


天美は悲しみに沈む両親へ近づき、静かに頭を下げた。


「この度はお悔やみ申し上げます。惜しい才能を失い、私どもも心より悲しんでおります」


両親は涙で声も出せずにいたが、天美の形式的な挨拶には気づかぬふりをしているようだった。彼女のその姿は、どこか冷徹さを感じさせた。


天美が離れると、僧侶が前に出て挨拶をした。


「阪東寺の住職、寺本妻三と申します。故・小河佑梨様の葬儀を執り行わせていただきます」


妻三の読経が始まり、会場にはさらに静寂が広がった。読経の声が響く中、両親を含む親族は次々と涙を流し、時折すすり泣きが聞こえた。

「佑梨……どうして……」

「なぜ橋で車に……」

「あの橋は、許可車以外通行できないはずなのに……」


やがて読経が終わると、妻三が親族たちに手向けの花を棺に入れるよう促した。

ひとり、またひとりと、親族たちが花を棺に入れていく。彼らは佑梨に別れを告げるかのように、静かに花を置いた。


最後に、妻三は天美にも花を勧めた。天美は一瞬ためらうそぶりを見せたが、すぐに笑みを浮かべ、棺の前に進み出た。花を手に取り、静かに棺の中の佑梨に近づいた。


彼女は花をそっと棺に入れると、佑梨の遺体に触れた。

「小河さん……」

その指先で慎重に佑梨の髪の毛を数本摘み取り、さりげなく上着のポケットに隠した。その動きは極めて自然だった。

妻三は一瞬、不審そうな視線を一瞬投げかけた。

「……今は御仏を見送る時……」


だが、親族は悲しみに没頭しており、天美の行動にはまったく気づいていなかった。

妻三も再び読経を始めると、天美は口元に小さな笑みを浮かべ、低く囁いた。


「これが……」


そのつぶやきは誰にも聞かれることなく、読経の音にかき消された。彼女の冷徹な笑みは、ただ一人、理事長としての顔の裏に潜む闇を暗示していた。


天美は読経が響く葬儀の中、ポケットに隠した髪の毛を確かめた。

彼女にとって、これは何かの第一歩だった。

そして、佑梨の魂が去った後、残されたものに何かを感じていた。


葬儀が静かに幕を閉じ、佑梨の遺体が納められた棺桶は慎重に寝台車に積み込まれた。

寝台車と数台の黒のセダンが、悲しみに暮れる佑梨の両親と親族を乗せ、阪東寺を後にしようとしていた。

阪東寺の控えめな佇まいは、今日の悲しみをさらに際立たせていた。


寺本妻三は、控えめな表情で親族たちを見送っていた。

「高廣、正和、亮……失礼のない様にな。静子は大丈夫だな?」

「わかってるよ。親父。」

「ご葬儀の心得は……何度も……。」

「大丈夫だぜ。親父。」

 最後に静子が言葉を結ぶ。

「あなた。大丈夫よ」

その横には、妻三の妻と三人の若い男たちも共に立ち、静かに別れを告げていた。


 参列者たちは、若くしてこの世を去った佑梨の無念に、深い悲しみに包まれていた。


その中で、三人の若い男の一人が、遠くに待機していた高級スポーツクーペに目を向けていた。

彼の視線は、冷静に運転手席を見つめる天美妙子に固定されていたが、周囲の悲しみに紛れて気付かれることはなかった。


妻三は、背の高い、少し暗い茶髪の息子にそっと声をかけた。

「亮、今は悲しみの時……黙って魂を見送るのが我らが務めじゃ。」


亮はうなずきながら、父の言葉に耳を傾けた。しかし、彼の心は複雑な思いで揺れていた。

遠くで流れる川の音が、彼の内なる葛藤を一層際立たせていた。


亮は低くつぶやいた。

「俺は見た……親族でもないのに、仏様に……」


歳三は静かに言う。

「亮……人の悲しみは、人それぞれじゃ……」


高廣も歳三に続く。

「理屈だけでは、片付けられない……それらを見送るのもまた……」


正和が、顎に手を当て、ねっとりとした口調で補足する。

「確かに……本来は、マナー違反ですが……ここは、悲しみのあまり……ということで……。」


亮は疑念の表情を強くする。

「そんなものなのか……?」


その言葉に、妻三の妻が優しく声をかけた。

「亮?今度、東京スパイダースのプロテストでしょ?」


亮は一瞬ためらったが、母親の言葉に背中を押されるように答えた。

「うん、準備は万全だ。しっかりやるよ。」

高廣がにこやかに言う。

「子供の時、リフティングしてたよな。」

正和も言葉をつなぐ。

「本堂の木魚で……ですねえ……最初は驚きましたよ?」

妻三は少し微笑みをもらす。

「このバチ当たりが……じゃが、これも亮の才能じゃな」


静子は微笑みながら頷き、亮の肩に手を置いた。

「そうよ、頑張って。今年は卒業だしね。」


亮は深呼吸を一つし、再び前を向いた。彼の目は鋭くなり、その奥には決意の光が宿っていた。

「ああ……。」


妻三も、静かに亮とその兄たちに目を向けた。

「亮、それと皆。今日はありがとう。仏様を無事見送る事ができた。」


亮は力強く頷き、背筋を伸ばした。高廣、正和も同じだった。

「はい、父さん。」


境内にエンジン音が響く。

送り出された寝台車と黒のセダンが、阪東寺の境内を後にしていく中、亮は疑念を抱き続けた。

彼の心には、佑梨の悲劇的な死と、それに伴う謎が深く刻まれていた。


その瞬間、阪東寺の境内に停まっていた高級スポーツクーペのドアが静かに開かれた。

天美は冷静な表情を浮かべ、運転席に座った。

ガルウィングのドアは電動のようで、静かに閉じた。

彼女の黒の長髪と帽子が光を反射し、その目には冷酷さが映し出されていた。

そして、上着のポケットから、隠し取った数本の髪の毛をそっと取り出す。

「これで……Dを……」


反対の手にはハンカチが握られていた。それを広げ、髪の毛を丁寧に包む。

「さて……行くか……」

ハンカチを上着のポケットに入れると、その感覚を手で確認する。

天美は一人で頷いた。


そして、ゆっくりと車を出発させた。

「学園に戻らねばな……。」

霧島タウンの住宅街へ向けて滑るように走り去った。

彼女の背後には、亮の不審そうな視線が一瞬だけ留まったが、すぐにエンジン音にかき消された。

天美は微かに笑みを浮かべ、寝台車と黒のセダン達が遠ざかるのを見つめながらつぶやいた。


「これが……」


彼女のつぶやきは、春の風に乗って静かに消えていった。天美の心には、何か炎が冷たく燃えているようだった。


阪東寺の境内に佇み、去っていくエンジン音を聞きながら、亮は呟いた。

「理事長先生……一体何を……」

いかがでしたでしょうか。本章では、天美理事長の目的や彼女が隠し持つ冷酷な側面が浮かび上がり、ストーリー全体における大きな伏線が提示されました。また、亮をはじめとする阪東寺の家族が、それぞれの視点で「佑梨の死」に疑念を抱き始める様子が描かれています。この二つの視点が、やがて物語の核心へと繋がっていくことでしょう。


次章以降では、この謎を追うキャラクターたちがそれぞれの行動を開始し、物語が新たな展開を迎えます。

佑梨の髪の毛を隠し取った天美の行動が、いかにして彼女の「計画」に関与するのか。

そして、亮の心に芽生えた疑念が、どのような形で物語に影響を及ぼすのか。

これからさらに物語が動き始めます。

今後とも物語の行方にご注目ください。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ