第78章「あかつき市の落日」
あかつき市を舞台にした“決断”のドラマが、ついに一つのクライマックスを迎えます。
国家を背負う者たちの苦悩と、非情な現実。NPSO本部で下される「選択」とは――。
人工衛星を巡るサイバー戦、途絶する通信、信じられるかすかな希望。
国家の命運と、ひとつの学園、そして数千の命を天秤にかけた極限の心理戦を描きます。
静かな東京の宵闇の中で、下されるのは“歴史に刻まれる決断”。
物語の“終焉”が、今、密やかに動き出します。
―NPSO本部―
総裁執務室の窓の外には、宵闇を迎えようとしていた東京が広がっていた。青白い都市の灯りがまばらに瞬き、静かな闇に包まれている。しかし、その静けさとは裏腹に、この部屋では国家存亡の決断が下されようとしていた。
保科が苦虫を噛み潰した様な表情で告げる。
「大規模な通信障害が……ようやくつながりました。」
徳川が素早く対応する。
「L。現場はどうなっている?」
重厚な執務机の上に置かれた通信機から、Lの声が低く返る。
「総裁!現在、調査中です。麻倉博士の身柄確保にはまだ至っていません。」
徳川は苛立ちを隠しつつ、冷静に問いかける。
「遅い!捕縛は済んだのかと聞いている!」
「……まだ希望はあります。UKとAKは、必ずやるはずです。私は彼らを信じています。」
Lの声には確信があった。UK《恭二》とAK《柑奈》――彼らがどんな選択をするかをLは信じている。しかし、徳川には時間がなかった。
「……早くしろ。猶予はない!」
――ガガガガガガ……
突然、通信が途絶える。重苦しい沈黙が執務室に流れた。
そこに一人の精悍な中年男性、保科が歩み寄る。
「総裁、いかがされますか?」
徳川は瞑目し、壁の大型モニターに視線を移す。10基の人工衛星の軌道図、点滅する赤い警告ランプ、「SYSTEM HACKED」の文字。
「乗っ取られた……人工衛星は10台……」
保科が衛星のリストを読み上げ、最後に二人で同時に言う。
「ラグナロク!」
緊張の静寂。徳川は低く唸る。
「……ファウンデーションは……黄昏を再現するつもりなのか……状況はどうだ?」
保科がモニターを操作し、学園から衛星が遠隔操作されていること、攻撃システムとして機能している可能性を示す。
「学園自体が、10基の人工衛星を制御するアンテナとして使われていると推測されます。」
「つまり……世界規模の攻撃を仕掛ける準備をしている、ということか?」
保科は唇を噛みしめる。
「NPSOの監視システムも遮断されています。通信はジャミングされ、部隊とも連絡が取れません。」
「……盲目の状態ということだな?」
徳川は沈黙の後、呟く。
「……鳴かぬなら、鳴くまで待とう、ホトトギス。」
「家康公……のお言葉……ですな……」
保科の問いに、徳川は目を開け、鋭く言う。
「……だが、それも限界だ。」
「では……総裁?」
「この国を守るためだ!」
徳川はしばし黙考し、もし人工衛星が武装していればインフラの破壊、人命への危険すら現実であることを示唆する。
「黄昏――ラグナロク……北欧神話における最終戦争……彼女は世界の終焉の再現を企んでいるのか。」
「……決断の時だな。」
「総裁……?」
「学園を破壊する……その選択肢を検討する。準備を進めろ。」
「承知しました……。」
保科がミサイル巡航ルートの表示されたモニターを起動する。
「現在、通信障害で照準が定まりませんが、命令が下されれば即発射可能です。」
徳川は無言で画面を見つめる。
「やらねばならぬ……ホトトギス……」
巡航ルートはあかつき学園を指している。
保科が訝しげに尋ねる。
「どのように照準を?」
「少し細工はしておいた。ドクター鍋島が仕込んだものを借りる。」
保科も徳川も、震える手を必死で抑える――
果たして、この決断は正しいのか――
――そして、2時間後。
あかつき市にミサイルが落ちる。死亡者推定2千名。
モニター表示を見ながら保科は言う。
「表向きには、航空機のトラブルによる落下事故と……。」
徳川は冷静な表情を崩さずに返した。
「エージェントたちは?」
「行方不明です」
「ファウンデーションは?麻倉博士は?」
「学園の半径5キロは灰塵となりました。生存は困難かと」
「処理班を確認に向かわせろ!」
「了解しました」
徳川と保科の静かなやり取りだけが、国家の裏側で語られずに残された。
―完―
お読みいただきありがとうございました。
今回は、徳川総裁と保科の対話を通して、“国家レベルの決断の重み”と、“組織の論理と人間の感情”を描きました。
どれほど冷徹に見える判断にも、内面の苦悩と葛藤が渦巻いていること――
そして、表向きの“真実”と、語られない“裏側”の重さを意識しました。
歴史や神話の引用を通して、時代を超えた“選択”というテーマにも触れています。
今回で物語は完結いたします。
ありがとうございました。




