第74章 死線の幻
焦げた鉄と硝煙の匂い、歪む意識と交錯する記憶——。
今回は、かつての“UK”こと土師恭二の過去と現在が交差する戦場の一幕をお届けします。
遊園地の炎の中、彼はただのベテランスパイではなく、「父」として、「男」として、かつての記憶と対峙しながら今を生き抜こうとしています。
そして、彼の相棒として共に戦うのは、もう一人の家族——柑奈。
過去の罪と現在の使命。そのはざまで揺れる男の魂をご覧ください。
激しい炎と混乱に包まれている遊園地。
炸裂する爆発音とともに、恭二は荒い息を整えながら、特殊部隊たちと交戦していた。
鮮やかなネオンが砕け散った遊具に反射し、不規則な光を踊らせる。
焼け焦げた鉄の匂いが鼻腔を刺し、硝煙が視界を曇らせていた。
特殊部隊の影が素早く遊具の間をすり抜け、冷徹な足取りで彼を追い詰めてくる。
「おじさん!敵が12時と8時!そして4時!」
柑奈の鋭い声が響いた瞬間、恭二の意識が研ぎ澄まされる。
瞬時に体をひねり、12時方向に身を乗り出して拳銃を構えた。
バーンッ!――
乾いた銃声が遊園地の廃墟にこだまし、敵の一人が倒れる。
「まず……1人……。」
すぐさま8時方向に反転し、流れるような動きで次の標的を撃ち抜いた。
バーンッ!――
銃声の余韻が消える間もなく、再び静寂が戻る。
「……こっちは片付いた。二人目。」
恭二は独白するが、その声にはわずかな揺らぎがあった。
汗が額を流れ、銃を握る手が微かに震える。
激しい緊張感の中、突然——。
(恭二!目を覚ませ!)
頭の奥で響く幻聴。耳元で囁かれるような男の声が、現実と幻の境界線を曖昧にする。
恭二は思わず振り返り、背後の虚無へと視線を向けた。
「次郎……?」
その瞬間、景色が歪む。銃声が遠のき、遊園地の廃墟が静寂に包まれる。
闇が彼を飲み込む中、恭二は幻影に引き込まれていった——。
—2001年8月31日—
薄暗い執務室。Lが机の上に指を組み、低い声で言い放った。
「UK、Granpa、対処するんだ。例のものについては、消去するか奪取するんだ。」
「了解!」
無機質な言葉が耳にこびりつく。恭二と丹羽が立ち上がり、無言で装備を整えた。
黒い戦闘服、サブマシンガン、軍用ナイフ。彼らは夜の闇へと消えていった。
黒い車が地下工場へ向かって疾走する。無線が響いた。
「彼女はBW-AC06地点の地下工場だ。急行せよ。」
しばらくして黒いクーペが東京の街を疾走する。
恭二がハンドルを握る指に力を込める。丹羽が助手席で装備を確認しながら、ふと尋ねた。
「恵美子さんはどうしてる?」
「ようやくこの前、身重の身から解放されたところだ。今はまた忙しくしてるよ。」
丹羽は一瞬沈黙し、鋭い視線を送る。
「ちゃんと連絡しているのか?」
「今日は忙しいみたいで、電話やメッセージにも返信がないんだ。」
丹羽は眉をひそめた。
「……嫌な予感がするな。」
「次郎。もうすぐ目標地点だ。」
地下工場に到着し、二人は無言で車を降りる。
鉄扉を開いた瞬間、銃声が鳴り響いた。
恭二の意識が跳ね上がる。
(今のは……どっちだ……?)
現実の銃声か、それとも記憶の残響か。遊園地の瓦礫の向こうで、特殊部隊の影が動く。
だが、恭二の脳裏には、再び過去の幻が蘇る。
「恵美子さんが人質に取られた。急ぐんだ!」
無線の報告に、恭二の思考が一瞬停止する。
「何っ!恵美子が?自宅にいたんじゃないのか?」
「麻倉博士から要求が届いている。『恭二の妻の命は預かっている。引き換えにこの事件から手を引け』……とのことだ。」
心臓が凍りつくような感覚。恭二の手が震える。
(恵美子が……?)
彼は本能的に走り出そうとするが、丹羽が肩を掴み、一喝する。
「死ぬぞ!目を覚ませ!お前の使命はなんだ!任務を忘れたのか!」
その声が、恭二の意識を強制的に引き戻した。彼の瞳に炎が宿る。
「……行くぞ。」
―遊園地。戦場の現実―
耳鳴りとともに、世界が揺れた。
炎の匂いが再び鼻腔を刺し、現実へと無理やり引き戻された。
「おじさん!何しているの!次は9時と15時!」
柑奈の怒声が響く。
恭二は、ハッと息を飲んだ。視界が元に戻る。
そこには戦闘中の特殊部隊、閃光、銃声が響いていた。幻影に囚われている場合ではない。
(そうだ……今はここだ。俺は……戦ってるんだ。)
恭二は拳銃を構え、すぐ目の前に現れた敵兵へ引き金を引いた。
バンッ!―
相手が倒れるのを確認しながら、彼は再び走り出す。
(3人目……)
恭二の脳裏で丹羽の声が再び響いた。それは苦々しさを感じさせた。
「……過去の亡霊に囚われるな……。」
—2001年8月31日。地下工場―
「間に合ってくれ……。」
硝煙と爆発の中、UKは焦燥感に駆られながらも突き進む。丹羽が共に駆けながら、恭二に告げる。
「6時の方向、ホールから50メートル南……。データルームだ!」
恵美子がそこにいる。
そして、データルームの20m手前。
その瞬間——。
「くそっ!またやり直しか!」
どこかで聞こえた怒声が遠くから聞こえた。その声は、確かに麻倉妙子のものだった。
「麻倉博士?」
彼の意識が再び揺らぐ。
そして、重いドアに手をかけ荒々しく開け放つ。
「恵美子!」
しかし、恵美子は床に倒れ、血に染まっていた。
そして、恭二が駆け寄ったときには、彼女の身体はすでに冷たくなっていた。
「……恵美子。」
彼の目から一筋の涙が零れ落ちる。
丹羽が背後で沈痛な声を漏らした。
「因果は巡ってしまったのか……。」
―遊園地。戦場の現実―
恭二は再び幻影から目を覚ます。
敵の影が目の前に迫る。彼は拳銃を構え直した。
恭二は、炎の中で揺れる敵兵を狙い、次々と撃ち抜いていく。
バーンッ!――
(4人目……次で……)
過去は変えられない。だが、今は違う。
「今度こそ——守る。」
彼はそう呟き、引き金を引いた——。
パーンッ!――
(5人目……)
そこに柑奈の声が響く。
「敵全滅!増援が来る前に離脱して!」
「……」
「おじさん!早く!」
その声は、かつて聞いたことのある別の声に重なっていた。
だが今は——共に戦う相手……そして、守るべき相手がいる。
それを、恭二は肌で感じていた。
「了解……」
恭二は一瞬だけ拳銃を強く握り直した。
「京子……俺は……。」
葛藤の思いのまま、彼はその場を離脱していく。
柑奈も駆け出した。
「俺は、もう二度と……。」
恭二は言葉の続きを胸に押し込め、彼は再び戦場へと駆け出した。
遊園地はさらに炎に包まれ、混沌は激しさを増していた。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
土師恭二というキャラクターは、これまで「影の支援者」「スパイ」として描かれてきましたが、今回は彼自身が“幻”と対峙する姿に焦点を当てました。
2001年の出来事——恵美子との悲劇は、彼の中で「過去」という形ではなく「現在の選択」にも影響を及ぼしています。
柑奈の存在が、彼にとっての“贖罪”と“希望”をどのように変えていくのか。
次回以降、彼の内面とその選択が、物語にどのような意味をもたらすのか、ぜひ見届けていただけたら幸いです。




