第71章 遊園地の死線
命を賭けた脱出劇は、ついに臨界点を迎えた。
混乱の極みにある遊園地で、真緒を救おうとするひなたたちは、炎と瓦礫、そして銃弾が飛び交う中を彷徨い続ける。
ついに抜かれた拳銃。
真緒の命を守るために撃たれた一発が、仲間たちの信頼と現実のはざまに波紋を投げかける。
だが追撃の手は緩まず、巨大観覧車の崩壊が刻一刻と迫るなか、柑奈までもが――拳銃を構える。
「守るための選択」が、それぞれの心に何をもたらすのか。
極限の状況下での「迷い」と「覚悟」が試される、第71章です。
遊園地内の混乱は、依然として終息の兆しを見せなかった。
真緒を担いで逃げる一行の足取りは重く、それでも懸命に進む。
ひなたは前方を確認しながら、息を切らしつつ必死に足を動かしていた。
「京子、持てる?」
「……いける、でも……早くしないと……!」
亮も必死の形相で訴えかける。
「ひなた!京子ちゃん!頑張るんだ!」
柑奈も必死の形相で、額には汗が滲み、呼吸も荒かった。
「銃撃戦の中を通らないと!他に道はないわ!」
見回せば、周囲は激しい炎に包まれ、建物やアトラクションが倒壊している。
銃撃戦の音が周囲を包み込み、警官隊の指揮官の声が炎と混乱の中、かすかにひなたの耳に入った。
「押されているぞ!増援はまだか!」
その声にひなたは不安を覚えた。
「引き返すのは危ない……けど……先に進むのも……」
そこに亮が励ますように言う。
「ひなた!上手くいけば、警官隊と合流できるかもしれない!危険な賭けだが……」
京子も亮に続く。
「ひなた!」
恭二も焦燥の表情だ。
「連絡も断たれている。ここは……」
柑奈が言葉をつないだ。
「行くしかないわ!」
沈黙――
ひなたは強く頷き、唇を引き結んだ。
「行こう!」
だが、状況は刻一刻と悪化していた。
「まずい!」
突然、恭二が鋭い声を上げる。
彼の目線の先、特殊部隊の一人がこちらに気づき、銃口を向けた。
「いたぞ!敵だ!撃て!」
ガガガガッ――
サブマシンガンの連射音が耳をつんざく。
地面に弾が弾け、コンクリートの破片が飛び散る。
「いけない!」
ひなたが反射的に体を縮めると、耳元をかすめる弾丸の風切り音が聞こえた。
京子は息を呑み、足元がすくむような感覚に襲われた。その瞬間——
バンッ!――
乾いた銃声が響き渡り、特殊部隊の兵士が倒れる。
ドサッ!――
「……え?」
ひなたは恐る恐る振り返る。そこには、拳銃を構えた恭二の姿があった。
「恭二さん……それ……?」
ひなたの声は驚きに満ち、亮もまた目を見開いた。
「拳銃……?」
京子は目を見開き、震える手を口元に当てながら、目の前の光景を凝視していた。
恭二は左腕で真緒の乗るテント布を支えている。拳銃を持ったままの右手をテント布へ戻し、支えなおした。
「片手で……命中したのは幸運だった……」
しかし、容赦なく遠くから足跡が聞こえてきた。
恭二は我に返り叫ぶ。
「後ろからも来る!」
その声に、全員が息を呑んだ。
遠くから複数の影が近づいてくる。特殊部隊の別動隊だった。
「急ぐぞ!」
恭二の号令とともに、一同は真緒を必死に抱えながら走り出した。
背後からは銃声と爆発音が鳴り響き、逃げ道が徐々に狭まっていく。
警官隊と特殊部隊の戦いは激しさを増し、グレネードが炸裂し、火花が飛び散る。
警官たちは必死に応戦するも、特殊部隊の重火器の前に圧倒されていた。
「グレネードだ!伏せろ!」
「迫撃砲準備!蹴散らせ!」
「退避ーっ!退避ーっ!」
「外部との連絡が不通だ!撤退戦!撤退戦だ!」
ひなたたちから警官隊が遠くなっていく。
周囲の炎はより激しさを増し、爆音がこだましていた。
「あと少し……あの声のところまで……」
ひなたは自分に言い聞かせるように呟きながら、唇をきつく噛みしめた。
京子は悲鳴を上げるように息を吐きながら叫んだ。
「腕が……ちぎれそう……」
「京子ちゃん!休んじゃだめだ!」
亮が必死に声をかける。
「いいから行け!死ぬぞ!」
恭二の怒鳴り声が響く。
ひなたは汗を流しながら息を詰まらせる。
「苦しい……けど……」
その時、真緒がかすかにうわごとのように呟いた。
「私は……叔母さまの過ちを……」
柑奈はスマホを必死に操作しながら焦りを滲ませる。
「ダメだわ!通信が回復しない!」
「柑奈!どうにかしろ!どうにかするんだ!」
恭二が声を荒げる。
「やってるわよ!」
柑奈の苛立ちが声に滲む。
ひなたは周囲を見渡しながら、仲間たちを思う。
「亮……京子……皆……」
その時、鉄が軋む不気味な音が周囲に響いた。
亮が音に気付いて叫ぶ。
「観覧車が……倒れてくる!」
京子も叫ぶ。
「速く!速く!」
一同は真緒の重みに耐えながら必死で足を動かすが、ゆっくりとしか動けない。
「このままじゃ下敷きだ!よけろ!急げ」
恭二が叫ぶ。
柑奈が冷静に言う。
「このままじゃ、本当に全滅だわ……ここは……いっそ……」
真緒に視線を移す。
ひなたは叫びながら必死に抗う。
「ダメ!麻倉さんを置いていけない!」
ひなたの胸が締め付けられる。
恐怖に足がすくむが、仲間の顔を見て決意を固めた。
『私が守るんだ……!』
観覧車は徐々に軋み音を立てながら、ゆっくりと傾き始める。
その巨大な影が迫り、金属がねじ切れるような鋭い音が響き渡る。
巨大な数本の鉄柱が、投げ槍のように落下していく。
ガキンッ!――
鉄骨が地面に突き刺さり、破片が周囲に飛び散る。地面が揺れ、砂埃が一気に舞い上がった。
しかし、まだ観覧車は残骸を残している。
それは、不気味な軋み音を立てながら、更なる崩壊へのカウントダウンを刻んでいる。
「行くぞ!」
亮、ひなた、恭二、京子は真緒の乗ったテント布を四方から持ち上げ、必死に移動を試みる。
柑奈は前方を確認しながら先導する。
そして、しばらく進むと、柑奈の視線の先に人影が見えてきた。
「味方?……いや……。」
――ババババババッ!
遠くから特殊部隊の数人が彼らを発見し、サブマシンガンを連射してきのだ。
「敵よ!皆、伏せて!」
一同は一旦、地面に伏せ、瓦礫の隙間に身をひそめる。
「撃ってきた!抜くわ!」
柑奈は素早く拳銃を抜き、応戦を開始する。
「おじさんも撃ちなさいよ!数が多すぎるわ!」
「できる訳ないだろう!狙いが定まらん!」
恭二は右手で狙いを定めているが、左手で真緒の重みがかかるテント布を持っているのだ。
銃撃に対応できる状態ではなかった。
柑奈は応戦しながらも、心で呟きを漏らす。
(おじさん!ためらっているの?まだ……)
「柑奈さんも……!?」
京子は目を見開き、呼吸が浅くなった。
これまで見たことのない柑奈の姿に、身体が震える。
『どうしてこんなものを持ってるの……?』
心の中で疑問が渦巻くが、現実は容赦なく彼女たちを追い詰める。
「警察官なの?一体……。」
ひなた、京子、亮は柑奈が拳銃を使っている姿に驚愕する。
「驚いている場合か!早く動け!」
恭二が鋭く怒鳴った。
柑奈は銃を撃ちながら叫ぶ。
「説明は後でするから!急いで!」
ひなた、亮、京子は急いで真緒の乗るテント布を持ち上げ、移動を開始した。
「行かないと……」
一方、観覧車の傾きが一層激しくなり、鉄骨が崩れ始める。逃げ場は刻一刻と狭まっていった——。
彼女の目には、不安と決意が入り混じる。
逃げ延びることが、今の彼女たちにとっての唯一の道だった——。
それでも、彼女の心の奥底では、仲間を守るための覚悟が静かに燃えていた。
本章では、いよいよ物語の中心人物たちが、完全なる非日常の「戦場」に放り込まれる描写が加速しました。
中でも注目すべきは、恭二と柑奈の銃撃への踏み切りと、それに対するひなた・京子・亮の驚愕。
“他者”や“学生”という立場を超えて、事態は生死の境へと突き進みます。
さらに、「観覧車の崩壊」「戦場の重火器」「特殊部隊の追撃」「仲間の重傷」という多重の緊迫を同時に展開することで、読者を圧倒するクライマックス的密度が実現しました。
ここから先、「誰かが死ぬかもしれない」という不安感が現実味を帯びてきます。
果たして、彼らは生き延びられるのか。そして、“日常”は取り戻せるのか。