第70章 閉ざし者たち
あかつき学園の地下――そこは地上とは完全に隔絶された、もう一つの「戦場」だった。
地上で混乱が極まる中、冷徹な瞳を光らせる天美と、沈着な科学者・志牟螺の手によって事態は着実に制御されつつある。
スプレッドEMPによる通信遮断、アルファ部隊の投入、そして新たに投入されるベータ部隊。
その全ては、ただ一人の存在――クローン佑梨を確保するために。
一方で、天美と志牟螺の言動には、それぞれ異なる「確信」と「覚悟」が滲み始める。
極限の戦場で、彼らが「何を守り、何を壊そうとしているのか」が、徐々に明らかになりつつある――。
――あかつき学園の地下研究所。
そこは、地上とは隔絶された異質な空間だった。
無機質なコンクリート壁と金属パネルに覆われた広大な施設は、どこか息苦しさを感じさせる。
その空間を赤い警告灯が静かに明滅し、機械の駆動音が低く響いている。
中央の巨大なモニターには、遊園地内の状況が映し出されていた。
モニターに映る遊園地は、まるで戦場そのものだ。炎上するアトラクション、崩れた花壇、逃げ惑う人々。遠くでは銃撃戦と爆発が続き、警察や自衛隊のヘリコプターが上空を旋回している。
その周囲では、慌ただしく端末を操作する科学者たちの姿があった。
彼らは次々とデータを確認し、無線や端末を介して報告を繰り返している。
「モニタリングシステム、異常なし!アルファ部隊のA班は現在、遊園地南端で交戦中!」
「進路を妨害した女を射殺した。アルファ部隊B班は、クローンを追跡中!」
「スプレッドEMP発動!。残り時間はおよそ30分!こちらとはパルス通信で3分ごとに通信できます!」
各自が手元のモニターに目を走らせながら、緊迫した声で報告を上げていた。
室内の隅には、待機している兵士たちの姿も見える。
無言のまま規律正しく立ち尽くしている彼らは、完全武装し、鋭い視線で周囲を見渡していた。
その制服にはファウンデーションのエンブレムが刻まれており、銃器を構える手には微かな緊張感が漂っている。
彼らが出動命令を待つその姿は、いつでも戦闘に加わる準備ができていることを物語っていた。
天美は、その光景を無表情で見つめていた。
彼女は身体にフィットした黒いレザースーツを身にまとい、ホルスターに拳銃。ナイフが数本身に着けている。
冷たい光を宿した瞳が画面を凝視する。
その背後に立つ志牟螺もまた、モニターに映る戦場を見据えている。
「……クローンは確保できたの?」
天美が短く問いかける。その声には焦りの色はないが、鋭い威圧感が漂っていた。
彼女の静かな問いかけに、室内全体の空気がさらに張り詰めたように感じられる。
彼女の隣には、白衣を着た長身の男、志牟螺達郎が立っている。
彼の目は遊園地内のモニターから一瞬も離れることはない。
「いえ、まだです。」
志牟螺は静かに答えた。
「遊園地内をアルファ部隊Bが捜索していますが、いまだ捕らえるには至っておりません。」
その言葉に天美は眉ひとつ動かさず、モニターに目を向け続ける。
「部隊Aはどうだ?」
天美が次の質問を投げかけると、志牟螺は画面を指さした。
モニターの一つには、アルファ部隊Aが警察と交戦している様子が映っている。
「警察との交戦は続いていますが、現状ではアルファ部隊Aが優位です。ただし……」
志牟螺の指がモニターの隅を示す。そこには、自衛隊の装甲車とNPSOの隊員らしき姿が確認できた。
「自衛隊とNPSOが応援に加われば……彼らの介入で戦況が複雑になりつつあります。」
天美は一瞬目を細めた。
「……スプレッドEMPはどうなっているの?」
志牟螺が即答する。
「スプレッドEMPによって、警察、自衛隊、そしてNPSO間の通信は完全に遮断されています。連携が取れない今、我々が優位です。」
天美は志牟螺に鋭い視線を向け、短く問いかける。
「効果時間は?」
志牟螺は天美の質問に即答せず、近くの操作卓に向かう科学者たちに目を向けた。
「残りの稼働時間はどうなっている?」
白衣を着た若い科学者が、操作パネルに目を落としながら緊張した声で答える。
「残り稼働時間は5分を経過。あと25分が限界です。」
「そうか……」
志牟螺は短く返事をし、天美の方に振り返る。
「スプレッドEMPの効果は、あと25分間持続可能です。時間が切れると電磁パルスの影響は収束します。」
天美は深く頷いた。その表情には焦りの色は見えない。
スプレッドEMPはファウンデーションが開発した装置であり、その技術の中心にいたのはほかならぬ志牟螺自身だった。
「素晴らしい兵器ね。」
天美が冷たく呟くと、志牟螺は静かに微笑んだ。
「私が設計しただけのことはあります。通信網や電子機器を完全に麻痺させる兵器としては、これ以上のものはない。」
「優位を維持するには、25分以内に次の手を打つ必要があるということね。」
天美は少し考え込むようにモニターを見つめた後、志牟螺に冷静に命じた。
「連続使用の影響で装置が故障する可能性もあるわ。アルファ部隊に応援の必要がある。そこで……」
天美と志牟螺の視線が再びモニターに向けられる。
そこには、遊園地内で激しい戦闘を続けるアルファ部隊の姿が映し出されていた。
混乱の中、クローンを捜索するその姿を、二人は冷徹な表情で見つめていた――。
「ベータ部隊を応援に行かせろ。」
天美の冷静で鋭い指示が飛んだ。
「ベータ部隊……ですか?」
志牟螺が一瞬ためらうように言葉を発する。彼の口調にはわずかに緊張が滲んでいた。
天美は彼の反応を見透かしたかのように、視線をモニターから外さずに答える。
「アルファ部隊だけでは、荷が重いようだな。」
モニターには、銃撃戦の中で警察や自衛隊の制圧に手間取るアルファ部隊の姿が映し出されている。
志牟螺はその様子を一瞥し、渋い表情を浮かべながら口を開いた。
「……確かに、アルファ部隊は兵士としては十分だが、今回の任務には少し荷が重い。ベータ部隊とは、訳が違う。」
「グリーンベレーやスペツナズ、さらには特殊空挺部隊……奴らの出自は……」
天美は冷静に続けた。
「今の状況には、うってつけだ。」
志牟螺は視線を落とし、思い出すように呟く。
「……だが、その大半は過去に何らかの問題を起こして軍や組織から追われた者たちばかりですがな……。」
天美はその言葉を遮るように首を振り、鋭い声で言い放つ。
「実戦のプロフェッショナルであれば良いのだ。早急に向かわせろ!」
志牟螺は一瞬口を閉ざした後、ゆっくりと頷いた。
「わかりました。すぐにベータ部隊を現地に向かわせます。」
「それと、補給部隊もだ!急げ!」
天美が間髪を入れずに指示を出す。
「補給部隊ですか?」
志牟螺が眉をひそめた。
「装備や弾薬の補充がなければ、これ以上の戦闘継続は不可能だ。ベータ部隊の実力を活かすには、現場の混乱を早急に整える必要がある。」
志牟螺は再び頷き、操作卓に歩み寄り、部隊派遣の準備を進めるよう科学者たちに指示を出した。
「ベータ部隊と補給部隊を二階堂ランドに向かわせろ!」
モニターには再びアルファ部隊の姿が映し出されている。
彼らが撃ち合う中、天美の表情は冷徹そのもので、志牟螺もその決断の重さを理解していた。
「ベータ部隊が動けば、状況は大きく変わる。」
天美は静かに言い切った。志牟螺は短く頷き、モニターに映る戦況を睨みつけた。
志牟螺はうなずき、指示を送るために端末へ手を伸ばす。
その背後で、天美が静かに口を開いた。
「……そして、必ずクローンを確保しろ……。」
「……必ず……。」
志牟螺が天美の言葉を受けて低く答える。
二人の視線はモニターに向けられ続けている。
その画面には、アルファ部隊がなおも警察、自衛隊、NPSOと交戦しながら、遊園地内を捜索する様子が映っていた。
「クローンがいなければ、計画は完成しない。」
天美の声が低く響いた。
「わかっています、ボス。」
志牟螺の声には迷いがなかった。
「奴が私たちの手に戻ること。Dが……それだけが……最後の礎だ。」
天美の冷徹な瞳が一瞬だけ輝きを増した。
その視線の先には、混乱と炎の渦巻く遊園地の映像が、映し出されていた――。
本章では、天美妙子と志牟螺達郎という物語の黒幕たちがついに本格的に動き出しました。
特に注目すべきは、彼らが持つ「冷静さ」と「確信」、そしてそれを支える圧倒的な技術と戦術の描写です。
地下研究所という舞台を通して、物語全体の"異常さ"がより明確に浮き彫りとなり、クローン佑梨が「ただの少女ではない」こと、そして"計画"の核心に直結していることが強調されました。
また、ベータ部隊という「失われた精鋭たち」の登場により、今後の戦闘描写はより激しさと戦略性を増すことが予想されます。
敵側の総力戦が始まった今、ひなたたちがどれだけの犠牲と覚悟をもって対峙するのか――次章への緊張が高まります。




