第69章 迷い
遊園地を覆う炎と爆音、そして銃声――。
かつての楽園は完全に戦場と化し、命の選別が冷酷に迫る中、ひなたたちは真緒の命を繋ぎとめようと必死だった。
応急処置は成功したものの、真緒は依然として意識不明。
銃声が近づく中、危険を冒してでも彼女を移動させるしか道はなかった。
一方、恭二と柑奈の間に漂う「抜くべき時」への覚悟と迷い。
そして、仲間たちの絆と決意が、極限の状況下で静かに重なり始める。
命を背負い、彼らは"絶望の園"から脱出するため、そして未来を掴むために歩みを始めた――。
―炎と爆音、銃声に包まれた遊園地―
何とか真緒の止血を終えたものの、意識は戻らず、動かせない。
周囲には危険が迫り、外部への通信も完全に断たれている。焦燥感と不安が、一同の心を苛んでいた。
「どうやって運ぶの?こんな危険な状況で……」
柑奈が険しい表情で問いかける。その声には焦りだけでなく、真緒の命を思う気持ちが滲んでいた。
「……しかたない」
恭二は短く答え、懐から小さな簡易注射器を取り出した。
「何をするの?」
京子が不安げに尋ねる。彼女の瞳は、目の前で繰り広げられている非日常的な光景に戸惑っていた。
「一時しのぎだ」
恭二は淡々と答えると、真緒の首筋に簡易注射器を差し込んだ。
薬剤が注入された瞬間、真緒の体が一瞬エビぞりに跳ね上がる。
「えっ……!」
驚きの声を上げるひなたと亮。
真緒の頬にはわずかに血色が戻ったが、意識は戻らない。
「何をしたの?」
ひなたが声を震わせながら尋ねる。亮も緊張した面持ちで恭二を見つめていた。
「……緊急用の強心剤だ。」
恭二は淡々とした口調で答える。
「これで意識が戻れば、一時的にでも動かすことができるかもしれない……。」
ひなたはその言葉にわずかな希望を感じながらも、不安げに真緒を見つめ続ける。
「麻倉さん……。」
柑奈が少しつぶやきを漏らす。
「これもドクター鍋島のおせっかいね。」
恭二が真剣な表情で言葉を返す。
「おかげで少し持つ……おせっかいも悪くないな……。」
「麻倉さん……大丈夫なんですか?」
亮が真緒の顔を覗き込みながら、心配そうに呟く。
恭二も真緒の様子を見守りながら、ふと懐に手を当てた。
(……まだ大丈夫だ。けど、次は……)
彼は隠し持っている拳銃を確認するように慎重に手を動かす。
その行動を見た柑奈は、心の中で強く思った。
(今よ……おじさん。今こそ、抜く時なんだから……)
一方、京子は疑問を抱いたように問いかけた。
「けど、恭二さん?どうしてそんな強心剤を持っているんですか?」
恭二は少し間を置き、低く答えた。
「俺たちの仕事は……休息を許さない時もあるんだ。」
ひなたは真緒を見つめながら、弱々しい声で呟いた。
「麻倉さん……」
その時――。
パン!パン!――
かすかだが、明確な銃声が響き、一同の心臓が跳ね上がる。
「近い!」
柑奈が鋭い声で警告する。
恭二は一瞬で周囲に視線を走らせ、声を低く抑えて言った。
「まずい……移動するぞ。ここに長くはいられない。」
遊園地内の混乱はさらに激しさを増していた。
破壊されたアトラクションや屋台、踏み荒らされた花壇が広がり、所々から炎が上がっている。
人々の悲鳴や遠くの銃撃音、さらにはヘリコプターのローター音が響き渡り、不穏な空気が漂っている。
だが、真緒の意識は戻らない。
一同は立ち尽くしたまま、次の一手を思案していた。
「おじさん!どうするの?このままじゃ、麻倉さんを助けるどころか全滅するわ!」
柑奈が焦燥感を露わにしながら恭二に問い詰める。
少し遠いところから、激しい銃撃戦と連続する爆発音が聞こえ、空気が震える。
その緊迫した雰囲気の中、真緒が微かに口を動かし、うわごとのように呟いた。
「……叔母さまの過ちを……」
その言葉を聞き、恭二の表情が一瞬強張る。
(叔母さま……?麻倉妙子……天美妙子との……関係はなんなのだ?まさか……同一人物なのか?)
「おじさん!」
柑奈が再び声を上げるが、恭二は黙ったままだった。
パーン!パーン!――
ドーン!ドーン!――
「音が近づいてくるぞ!」
亮が緊張した声で警告を発する。
さらに爆発音が一段と大きくなり、一同はその場にいることの危険を感じ取った。
「まずいわ!」
ひなたが思わず叫ぶ。
「恭二さん!」
京子も焦りを滲ませた声を上げる。
その瞬間、恭二は決断するように強く頷き、短く言い放った。
「皆で運ぶんだ!何か頑丈なものを探せ!」
一同は辺りを見回し、物を探し始める。
「これは?」
京子が見つけたのは、破壊された屋台のテント布だった。
恭二が焦りの混じった表情で言う。
「頑丈な布地だな。担架代わりに使えそうだ。」
亮が恭二に言う。
「麻倉さんを布に寝かせるのか?」
「そうだ、ゆっくりと移すんだ!」
恭二は素早くテント布を広げ、真緒の状態を確認する。
顔色は依然として悪く、浅い呼吸を繰り返している。
「柑奈、頭の方を頼む。」
「わかったわ。」
柑奈は慎重に真緒の頭を支え、亮とひなたが足元に回り込む。
京子は不安そうな表情を浮かべながら、恭二の指示を待っていた。
「いくぞ……せーの!」
恭二が掛け声をかけると同時に、一同は息を合わせて真緒をテント布の上へ慎重に移動させる。
「よし、無理に揺らすな。ゆっくりだ……」
恭二は落ち着いた声で次の指示を出し、四隅を持つ亮、京子、ひなた、そして自分の位置を調整する。
「柑奈、支えてやれ。頭にショックを与えないように。」
「了解!」
柑奈は真緒の頭の位置を微調整しながら、支える手に力を込める。
「大丈夫か?」
恭二が再度確認すると、一同は小さく頷いた。だが、表情には緊張が浮かんでいる。
「よし、これで担ぐぞ。準備はいいな?亮、ひなた、京子……気を抜くなよ。」
四人がそれぞれ四隅をしっかりと握り、もう一度恭二の指示を待つ。
「いくぞ……せーの!」
掛け声とともに、一同は息を合わせて担架代わりのテント布を持ち上げる。揺れを最小限に抑えながら、慎重に運び始めた。
「重くないか?」
恭二は京子に声をかける。彼女は少し息を切らしながらも力強く答えた。
「だ、大丈夫……まだいけます……!」
「無理はするな、すぐに交代できるようにするから。」
その場から急いで立ち去る一行。
周囲に響き渡る銃撃音と爆発音は一層激しさを増し、命を脅かす危険が刻一刻と迫っていた。
「麻倉さん!絶対助ける!」
ひなたが力強い声を上げる。
「ひなた!頑張ろう!」
亮もひなたを励ますように声をかけた。
京子は黙ったまま、不安そうな表情で真緒の顔を見つめる。
恭二も無言のまま、何かを考え込むように前方を見据えていた。
(この状況……俺たちはどこまで耐えられる?)
そんな中、柑奈はふと恭二の表情を横目で見て、胸の内で静かに思った。
(おじさん……迷ってるのね。でも、いつかは抜かないといけない……その時は……私が支えるから……)
一同は緊張感の中、無我夢中で進み続けた――。
第69章「迷い」では、これまでの戦闘的な展開とは異なり、"命"と"絆"に焦点が当たりました。
銃声や爆発が飛び交う戦場の只中で、真緒の命を救うために皆が力を合わせるシーンは、これまで積み重ねてきた人間関係と絆を象徴しています。
ひなた、亮、京子、柑奈、恭二――それぞれの役割と想いが交錯し、極限状況での「迷い」と「決断」が浮き彫りになりました。
また、恭二の持つ拳銃=「抜くべき時」とは何か、柑奈の支えとなる決意など、今後のドラマに繋がる伏線も強く打ち出された回となりました。
これまでの戦いと違い、"誰かを守るための戦い"という側面が色濃く描かれたことで、次章以降の展開にもより深みが加わっていきます。
今後ともよろしくお願いいたします。




