第65章 決意と命そして絆
命を賭して、守ろうとしたものがあった――。
二階堂ランドを舞台にした死闘の中、無邪気な佑梨を守るため、渡瀬たちは追跡してくる特殊部隊と熾烈な逃走劇を繰り広げる。
その渦中、真緒が下す決断とは?
彼女の小さな体に宿るのは、ただ一つ、「誰かを守りたい」という想いだけだった。
銃声と悲鳴が鳴り響く中、運命は容赦なくそれぞれの命を試そうとする。
友情とは何か。
絆とは何か。
そして、生きるとは何か。
それぞれが、ただの言葉ではない「想い」を抱えて走り続ける――。
遊園地内は、混乱と恐怖の坩堝と化していた。
客たちは逃げ惑い、悲鳴が絶え間なく響き渡る。
子どもを抱えた親たち、迷子になった子どもたち、泣き叫ぶ声が無数に入り混じっている。
その中心で、警官隊とファウンデーションの特殊部隊が激しい銃撃戦を繰り広げていた。
「撃て!撃て!」
指揮官が叫ぶ声とともに、拳銃を構える警官たちが応戦するが、相手は重火器を装備した訓練された特殊部隊だ。
サブマシンガンの連射音が警官隊を圧倒し、さらにロケットランチャーの爆発音が園内に轟く。
ドーンッ!――
バーンッ!――
「火力が違いすぎる!」
「応援を!応援を呼べ!」
警官隊は人数こそ勝っていたが、特殊部隊の火力と緻密な戦術の前では、その優位が崩れ去りつつあった。
「グレネード来るぞ!伏せろ!」
叫び声とともに、地面が爆音とともに揺れる。爆発で吹き飛んだ屋台が火を上げ、園内はさらに混乱を極める。
―混乱する遊園地内―
「どうする?」
柑奈が息を切らしながら問いかけた。
恭二は背後を振り返り、追跡してくる特殊部隊の動きを冷静に観察していた。
「こっちには執拗に来ない……やはり、狙いはクローンだな。」
「だったら私たちも狙いから外れてるってことね。」
柑奈が苛立ちを滲ませながら言う。
恭二は少しだけ間を置き、険しい表情で続けた。
「このまま放っておけば……クローンが……本部との連絡は?」
「だめ……通信が不能だわ……皆は?」
柑奈は一同に視線を向けたが、全員が首を横に振った。
「だが……それは危険じゃないか?……」
亮は落ち着きながらも、少し焦燥の表情で言う。
京子も状況を思案しながら言う。
「それに、この状況で安易に動けば……こちらも……。」
「放っておけないでしょ!?」
柑奈が食い下がる。
ひなたが二人の間に割って入り、冷静に問いかけた。
「みんな、落ち着いて!まず優先すべきは……皆と合流しましょう!」
「そうだな。危険かもしれないが……今は人手が必要だ。」
恭二が強く頷き、拳を握り締めた。
「ここはクローンたちと合流するぞ。まずは生き延びるためだ。」
柑奈も息を整え、視線を前方に向ける。
「了解……絶対に見つけ出すわ!」
一行は人混みを避けながら、慎重に佑梨たちを目指して走り出した。
―その頃の佑梨たち 遊園地内―
一方遊園地の別の場所では、佑梨たちが逃走を続けていた。
渡瀬が佑梨の手を引きながら、驚きを漏らす。
「心臓の持病?!」
「真緒!しっかりして!」
のぞみが真緒の肩を支えながら走る。だが、その足取りは徐々に重くなっていく。
「私なら……大丈夫……」
真緒は息を切らしながらも笑顔を見せようとしたが、その顔色は蒼白だった。
「嘘つきやん……!」
のぞみは目に涙を浮かべながら言った。
支えている真緒の肩越しから、乱れた鼓動が伝わってくる。
「……彼らの狙いは……その人です……私を置いて……」
視線を佑梨に向けて真緒は言った。
彼女の声は震え、吐息が混じる。
「真緒!アホな事言わんといて!それより、ペンダントの薬を……」
のぞみが涙ぐみ、強く叫ぶ。
だが、その瞬間、背後から特殊部隊の声が響いた。
「追い詰めたぞ!捕らえろ!」
渡瀬は佑梨の手を引きながら、振り返る。
「麻倉さん!ここは危険です!」
佑梨は純粋な目で渡瀬を見上げた。
「ママ?ニゲないの?」
特殊部隊の数人が銃口を一同に向けてきた。
彼らは徐々に距離を詰めてくる。
「大人しく投降しろ!」
「動くな!」
真緒の胸に冷たいものが走る。
(叔母さまの……過ちを……)
真緒は乱れる鼓動を押さえるように胸に手を当てた。
その顔には苦悶の色が浮かび、しかし目には強い決意が宿っていた。
そして、彼女は意を決すると、叫びながら前に飛び出した。
「行かせません!」
「真緒!?」
のぞみが驚愕の声を上げる。
「延藤さん!逃げるんです!」
渡瀬は叫びながら、佑梨の手を引いて逃げ続ける。
「先生!真緒が!」
のぞみは逃走を続けながら、交互に焦燥の表情を投げかけた。
敵の前に立ちふさがった真緒。
そして、先を行く渡瀬と佑梨に……。
真緒は振り絞るように力を込め、先頭の特殊部隊員に組みかかった。
彼女サブマシンガンの銃口とフレームをつかみ、押し合いとなる。
真緒の腕はプルプルと振るえ、銃口を逸らそうと必死だった。
「逃げてください……!」
「アカン!真緒!」
のぞみが手を伸ばすが届くはずもない。
銃声が響く。
バーンッ!――
「真緒ーっ!」
のぞみの叫びが空気を切り裂いた。
真緒はその場に崩れ落ち、のぞみが駆け寄ろうとする。
「来ては……ダメ……」
――ドサッ!
のぞみの足が止まり、倒れた真緒に視線が集中する。
「なんでや……なんでこんな……!」
真緒はのぞみに視線を向けながら、か細い声で呟いた。
「……捕まる可能性を……下げたかっただけです……それが……私……」
「真緒!何言うてんねん!?」
のぞみが叫ぶが、真緒の意識は薄れていく。
倒れた真緒の周りに血だまりが広がり、彼女の着物とメガネのレンズが赤く染まっていった。
「真緒……真緒……」
のぞみは呆然とした表情で座り込んでしまう。
渡瀬がのぞみの肩を掴み、必死で訴えかける。
「延藤さん!ここは逃げるしかありません!」
「なんでや……真緒を置いてなんて……」
「麻倉さんの行動を無駄にする気ですか!?」
そして、渡瀬の言葉に頷き、素早く立ち上がった。
「先生!そやな!生き残らんと!」
のぞみは悔しさと怒りで震えていた。
「真緒!絶対に……絶対に……迎えに行く!生きるんやで!生きるんや!」
渡瀬は佑梨の手を強く握り締める。
「行くわよ!佑梨ちゃん!」
「はーい!次はどこ行くの?ママと遊びに行きたいな!」
佑梨はその場の状況を理解しないまま、元気よく応じた。
一行は涙を振り切るように、その場を後にした。
背後では、特殊部隊が倒れた真緒を囲む。
「脈拍低下……出血も多量……急所は外れてますが……」
「しかし……似てるな……」
「考えたくもない……ボスは気にも留めん」
「構うな、もう何もできん。優先はクローンだ」
特殊部隊員は簡潔なやり取りの後、次の目標に向かって進み始めた。その動きには迷いや躊躇はなかった。
空を見上げると、ヘリの数が増え、周囲のサイレンの音も激しさを増していた。
「隊長?どうしますか?」
「いざというときは、EMPを使え」
「効果は短時間ですが?」
「それまでにクローンを捕らえる。行くぞ!」
「了解!」
その冷徹な目には、次の目標を追う準備が映っていた――。
(私には……まだやらなければいけないことが……)
薄れゆく意識の中、真緒は遠ざかる足音を微かに聞いていた。
(渡瀬先生……のぞみ……佑梨ちゃん……逃げて……)
特殊部隊員たちの無情な声と重い足音が徐々に遠ざかり、静寂が訪れる。
真緒の意識は闇に包まれていった。
真緒から離れ、渡瀬、佑梨、のぞみの足音が混乱の遊園地に響く。
渡瀬は周囲を確認しながら、佑梨の手を引きつつ走っていた。
「延藤さん、大丈夫?しっかりして!」
のぞみの瞳には涙が浮かび、悔しさを押し殺すように唇を噛みしめる。
「……なんでや……なんで真緒が……あんなことに……」
渡瀬は声を荒げずに、しかし鋭い口調で言った。
「今は感傷に浸る時間はないわ!彼女の犠牲を無駄にするわけにはいかないんだ!」
佑梨は無邪気な声で尋ねた。
「ねえ、次はどこ行くの?ママと遊ぶの?」
のぞみはそれを聞いて怒りに近い声で返す。
「今は遊びの時間ちゃうねん!……ホンマに……なんでこんなことに……」
渡瀬は立ち止まらず、周囲に目を光らせながら答えた。
「目的地を定める前に、まずは追手を振り切らないと!」
―少し時は流れ、真緒が倒れた場所―
その場所に別の足音が近づいてきた。
「あれは……!」
ひなたが声を上げ、京子と亮がそれに続く。
「麻倉さん!」
ひなたが倒れた彼女の姿を見つけて駆け寄る。
「麻倉さん……しっかりして!」
京子も駆け寄り、口元を抑えながら涙を浮かべる。
「こんな……ひどい……」
亮はその場に立ち尽くし、拳を握りしめた。
「なんてことだ……!すぐに救急車を呼ばないと……!」
ひなたが真緒の肩を抱き起こそうとするが、その手が震えていた。
「麻倉さん……お願い、目を開けて……」
柑奈が手早く状況を確認し、冷静な声を響かせる。
「彼女は重要人物です。ここで失うわけにはいきません!」
恭二は悔しさに満ちた声で吐き捨てるように言った。
「くそっ……麻倉博士め……」
柑奈は迅速にスマートフォンを取り出し、ボタンを操作した。
「本部に緊急連絡を入れるわ!」
京子が涙声で問いかけた。
「こんな状況で……間に合うの……?」
柑奈は冷静に、しかし力強い声で答えた。
「間に合わせるしかない……彼女は……」
亮はそれを聞いて決意を込めて頷く。
「何としても助け出そう。こんな犠牲、もう二度とごめんだ……」
その場に漂う焦燥と決意の中で、遠くではまだ銃声が響き続けていた。
運命の歯車は、さらに加速して回り始めようとしていた――。
第65章「決意と命そして絆」では、物語において初めて「仲間の命」が本格的に脅かされる局面を迎えました。
真緒という存在は、これまで知的で冷静な印象が強かったかもしれません。
しかしこの章では、彼女のもう一つの側面――「命を懸けて仲間を守る」という、強い魂が描かれました。
彼女の犠牲は無駄ではありません。
これからの物語で、彼女の選択が仲間たちに何をもたらすのか。
「命」と「絆」の本当の意味を、それぞれが問い直していくことになります。
次章では、さらに混迷を極める状況下で、ひなたたちが「それぞれの決断」を下していくことになります。
どうか、彼らの歩みを最後まで見届けてください。




