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第64章 学園の危機 Part.1

ついに、国家保安機構――NPSO本部が動き出す。


東京都心、雲に覆われた空の下、国家の安全と未来を握る重鎮たちが静かに、しかし確実に決断を下し始めていた。

その中心にいるのは、総裁・徳川康信。

そして、その決断に葛藤しながらも従おうとする若き幹部・L。


舞台は変わり、あかつき学園を巡る争いは、国家レベルの危機へと発展していく。

ファウンデーションの暗躍。

人工衛星ラグナロク

そして麻倉妙子の存在――。


誰が敵で、誰が味方なのか。


今章は、すべての事件の核心に一歩踏み込む「前線司令部」の視点から描かれます。

それぞれの覚悟が、国家を動かす。

東京都心部の高層ビル街にそびえる一棟、NPSO(国家保安機構)本部。

最上階にある総裁執務室は、厳粛かつ荘厳な雰囲気に包まれていた。


広い窓からは東京の街並みが一望できるが、夜に差し掛かる曇天はどこか不穏な空気を醸し出している。


執務室の中央に、重厚なデスクの前に立つ初老の男がいた。

「徳川総裁?」

男はそう呼ばれた。

彼は厳格な表情を浮かべ、手元の端末に表示された「あかつき学園」の衛星写真をじっと見つめていた。

「L。もう、現場には任せてはおけん。」


彼の声は低く、呼びかけたLに重く響いた。慌てた様子で、その言葉に反応する。

「お待ちください!総裁!」


徳川はその声に顔を上げることなく、端末を操作し続ける。

手元の画面には、あかつき学園の詳細な構造図が映し出され、さらに隣には「ファウンデーション活動報告」と記された機密書類が表示されている。

Lは苦々しく口を開く。

「総裁、確かに事態は緊迫しています。しかし……」


徳川はLの言葉を遮るように低く呟く。

「……ファウンデーションを追って10年以上。麻倉博士があの学園に潜んでいることは、もはや確実だ。」


「確実だとしても……学園にミサイルを打ち込むなど、そんなバカなことを!」

Lはその言葉に、思わず声を荒げて叫んだ。

 

徳川はようやくLに視線を向け、鋭い眼差しを送る。

その眼差しには、長年国家の安全を背負ってきた重圧と、深い覚悟が宿っていた。

「……この10年、私はずっと思い知らされてきた。ファウンデーションの危険性をな。」


Lは一瞬言葉を失い、眉間にしわを寄せる。

徳川はデスクの上にある一冊のファイルを取り上げた。

そして目を通してつぶやく。

「奴らは世界各地で、テロ行為を行っている。犠牲者も数え切れん。」

それは「麻倉妙子と志牟螺達郎」に関する極秘報告書だった。


Lが慎重に言葉を選びながら、状況を説明する。

「事件の概要から、奴らがラグナロクを始めとする。複数台の人工衛星の……」

徳川はその説明を中断させ、強く言い放つ。

「それだけではない。麻倉博士や志牟螺の二人にも、多くのリソースがある。」

「何を企んでいるのか……はまだ、わかりかねますが……。」

「だが、もはや何かをなそうしているのは明らかなのだろう?違うか?」

「……」


少しの沈黙の後、徳川が口を開く。

「この国の安全が揺るがされる事態を、我々は許せんのだ。奴らがどれほどの破壊力を持つ兵器を隠し持っているか……想像するだけで恐ろしい。」


「ですが、総裁。学園には多くの生徒が……そして、市民が生活しています。あなたの決断は……罪なき人々の命をも奪うことになる!」


徳川は黙って立ち上がり、窓際へと歩み寄った。

彼は曇天に覆われた東京の街をじっと見つめる。

その背中には、並々ならぬ決意が滲んでいた。

「国家の安全を守るためには、時として冷酷な判断が必要だ。ファウンデーションの計画が完成すれば……この国……いや、世界そのものが滅びかねんのだ。」

 

「……!」

Lは言葉を詰まらせる。

徳川の言葉の重みが、執務室全体を支配していた。


「ミサイルを放つのは最終手段だ。だが、その選択肢を完全に排除できない。それが、この国を守るということだ。」


「総裁……しかし、それでは我々が守るべき民を犠牲にすることとなりませんか?」


徳川は窓の外を見つめたまま、静かに言葉を続ける。

「……守るべきものを守るために、犠牲は避けられない。それが現実だ。」


Lは徳川の背中を見つめながら、拳を握りしめていた。

心の中には、激しい葛藤が渦巻いている。

(確かに……ファウンデーションは恐ろしい存在だ。しかし、このままでは……。)


徳川が振り返り、Lに向けて冷静な声を投げかける。

「L、私はお前を信頼している。この作戦の成否は、お前たちの働きにかかっている。」


Lはしばらく黙り込んだが、やがて深くうなずいた。

「……承知しました。ですが、総裁。私は最後まで別の道を探ります。」


徳川はその言葉に何も答えず、再び端末に目を落とす。

「麻倉博士の居所が掴めない場合は……吹き飛ばすしかないのだ……」

そこには、ミサイル発射のシミュレーションが映し出されていた。


執務室に漂う重い沈黙は、この国の未来を左右する決断の重さを如実に物語っていた。

Lは言う。

「麻倉博士がいる可能性は、限りなく高いと思われます。ですが……」

「だったら、それまで奴らの……ファウンデーションの動きを放置するつもりなのかね?」

徳川康信の執務室に、再び重々しい沈黙が降りた。

窓から差し込む薄暗い光が、広い空間をさらに厳粛なものにしている。


Lは固い表情のまま口を閉ざしていたが、徳川の言葉に微かな動揺を見せる。

「ですが……NPSOの信念は……応仁の乱を二度と繰り返さないことにあります。歴史が示す、愚かな争いを――」


「その応仁の乱を終息させ、乱世を収めたのは、誰の一族なのか忘れたか?」


徳川の言葉が、刀のように鋭くLの胸を刺した。

Lは一瞬口を開きかけたが、言葉を飲み込むように顔を伏せる。

「それは……」


「そうだ。我が徳川一族だ。江戸幕府を開き、260年の平和を築いたのも、我々だ!」


彼の言葉は、確固たる誇りと歴史に基づく重みを持っていた。

Lはその圧倒的な自信に抗うことができず、黙り込む。

徳川はLをじっと見つめながら、目を細めて微笑む。

その表情には、冷酷さと余裕が滲んでいる。

「だが、L。お前もその“歴史”の一端を担う存在ではないのか?」


Lは一瞬、視線を泳がせた。

徳川はわずかに口元を歪め、続ける。

「いや……足利くん?違うかな?」


その一言に、Lは思わず息を呑んだ。

目の奥に一瞬の動揺が走るも、すぐに冷静さを取り戻し、低い声で応じる。

「……総裁。私の名前はただの符号です。」


「符号か……だが、その符号には、重い歴史が刻まれているのではないか?」


Lは視線を落としたまま、硬い声で答えた。

「歴史を持ち出すのは……適切とは言えません。この国の未来を考えるべきです。」


徳川はLの言葉に一瞬間を置き、やがて静かに笑みを浮かべた。

窓の外を見つめながら、彼は独り言のように呟く。

「未来のために、過去を無視できない。それが我々、NPSOの信念だ。だからこそ、私は行動する。」


Lは徳川の背中を見つめながら、小さく息を吐いた。

胸の奥で渦巻く感情を押し殺し、彼はただ静かに立ち尽くす。

「足利の一族も、徳川の一族も、それぞれの役目を果たしてきた。そして今、この国を守る役割を担っているのは我々だ。」


徳川はLを振り返り、重々しい声で命じた。

「L、君は引き続き現場を監視しろ。私が手を下すその時まで、全ての動きを見届けるのだ。」


「……承知しました。」


Lは深く頭を下げ、部屋を後にする。

その足取りには重さがあり、胸に秘められた葛藤が滲み出ていた。


総裁執務室の扉が閉まり、徳川は再び窓際に立った。

曇天の空を見上げながら、低く呟く。

「この国は、守らねばならない。そのためなには……どんな犠牲も厭わない……。」


彼の背中には、歴史と責任からもたらされる重圧が刻まれていた。


一方、廊下を歩くLの胸中には、激しい葛藤と迷いが渦巻いていた。

(この決断が正しいのか……徳川総裁が言う“犠牲”を、本当に受け入れることができるのか……?)


Lは執務室を出ると、重い足取りで廊下を進んだ。壁の照明が青白く光り、無機質な空間に彼の影を長く映し出している。


自分の執務室に着いたLは、重い扉を押して中へ入ると、深い溜息をつきながら椅子に腰を下ろした。

そこには一人の無表情な男が待っていた。

「L。エージェントからファウンデーションと交戦中との連絡が……」

「応援は?」

「現在、向かわせています」

「そうか……」


数秒間の沈黙の後、彼はスマートフォンを取り出し、画面を操作する。


「……頼む、出てくれ。」


やがて繋がった通話の向こうから、柑奈の声が聞こえてきた。

「L?こちらは現在、二階堂ランドでファウンデーションと思われる……応援の到着は?」


「今、そちらに向かっている……それよりも……」

Lの声には、深刻さと焦りが滲んでいた。

そして簡潔に、しかし力強く告げた。

「なんとしても……麻倉博士を見つけ出せ!」


銃声と悲鳴が響き渡る電話の向こうで、柑奈が息を飲む音が聞こえる。

「麻倉博士……やっぱり、彼女が……」


Lは冷静を装いながらも、言葉に力を込める。

「この国の未来がかかっている。UKにも伝えてくれ。」


「……了解しました。」

柑奈の声には緊張が滲んでいたが、最後には確かな決意が宿っていた。


Lは通話を終えると、椅子にもたれかかり、天井を見上げた。

(この選択が正しいのか……だが、もう後戻りはできない。)

そして、執務室の壁に目を向ける。

「丸に二つ引両紋…の名にかけて……」


その頃、東京の曇天の下では、運命の歯車が音を立てて動き始めていた――。


NPSO本部の静寂に包まれる中、それぞれの思惑が交錯し、運命の歯車が音を立てて回り始めていた――。

お読みいただきありがとうございました!


第64章「学園の危機 Part.1」は、物語の視点を大きく切り替え、NPSO本部――すなわち“国家”の決断が描かれる章となりました。

総裁・徳川康信の存在感、そして彼の背負ってきた重圧と歴史の重み。

対するLの葛藤と信念、そして自らの“血”にまつわる因縁もまた、浮き彫りとなります。


この章では、単なる善悪の対立ではなく、“国家を守るとは何か”“正義とは何か”という問いかけがより色濃く表現されています。


命を守るために命を奪う。

未来を守るために過去を断ち切る。


その残酷な選択肢の中で、彼らは何を選ぶのか。


次章から、ついに「あかつき学園」そのものが戦場となります。

どうか、その始まりを、見届けてください。

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