第60章 観覧車の風景
晴れ渡る空の下、二階堂ランドでは少年少女たちが束の間の安らぎを楽しんでいた。
観覧車という閉ざされた空間の中で交わされる、ほんの少しの勇気と、本当の想い。
静かな対話、心の告白、遠くに見える火柱――。
しかしその“穏やかさ”は、静かに、そして確実に“現実”へと飲み込まれていく。
火柱の向こうで起こる事件。
高速道路での惨劇。
それを見上げながら、観覧車は何も知らぬように、ゆっくりと回り続ける。
運命は、遊びに来た全員を逃すことはない。
二階堂ランドは休日の喧騒に包まれていた。
楽しげな声やアトラクションの音が響き渡る中、ジェットコースターの車両がゆっくりと頂点に向かって上昇していく。
「すっごい高さ……こんなの久しぶり!」
冴姫は前方を見上げながら、わざと大げさに声を上げた。
「鬼キャプテンが怖がるわけないだろ?」
隣に座る大海が冴姫をからかう。
「誰が鬼よ!……でも、ちょっと緊張するのは確かかもね」
冴姫は小さく笑いながらシートベルトを軽く押さえた。
一方、後方では香菜子が柑奈に声をかけていた。
「柑奈ちゃん、大丈夫?全然怖そうに見えないけど」
「うん……平気よ」
柑奈は小さく答えたが、視線は遠くへ向けられていた。その目が何かに釘付けになっている。
(あれは……火柱?)
遥か遠く、澄み切った青空の中に、一本の火柱が上がっていた。赤黒い煙が絡み合いながら高く舞い上がる。
「……なんであんなところで?」
柑奈は誰にともなく呟いたが、その声は風にかき消された。
ガタンッ!――
頂点に達した車両が突然急降下を始めた。
「きゃああああああ!」
「うぉおおおおおおー!」
悲鳴と歓声が入り混じり、柑奈は一瞬目を閉じた。
(何か……動きが?)
先ほどの火柱が頭の中にちらつくが、ジェットコースターの衝撃がその記憶を押し流していった。
―コーヒーカップエリア―
一方、コーヒーカップを楽しんだひなた、亮、真緒、のぞみ、京子、恭二たちがアトラクションを終えて降りてきていた。
「楽しかったですわ。でも……回しすぎですわよ、のぞみ!」
真緒は少し息を切らせながら笑みを浮かべた。
「そやかて、回さな損やんか!」
のぞみが満面の笑みで答える。
「ひなた、大丈夫か?」
亮がひなたの顔を心配そうに覗き込む。
「うん、平気だよ。楽しかった!」
ひなたは軽く笑顔を見せるが、ほんの少しふらついていた。
「次は観覧車に乗りませんか?」
真緒がそう提案すると、全員が自然とうなずいた。
「観覧車、ええやん!」
のぞみが声を上げ、ひなたも微笑みながら同意する。
「景色も良さそうだし、女の子にはウケるよな」
亮が観覧車を見上げながらポツリと呟く。
「亮だって楽しむんでしょ?」
ひなたが軽くからかうように返すと、亮は少し照れたように笑った。
「まぁ、ひなたと一緒ならな」
「それで、どう分けますの?」
真緒が問いかけると、のぞみが勢いよく手を挙げた。
「ウチ、真緒と乗るわ!」
「まぁ、いつものことですわね」
真緒がクスリと笑う。
「俺はひなたと乗る」
亮がはっきりと告げると、ひなたは一瞬驚いたが、静かに「うん」と頷いた。
「じゃあ、俺は京子と乗るか」
恭二が静かに締めくくる。
「お願いします」
京子は少し躊躇いながらも小さな声で答えた。
こうして自然な流れでグループが決まり、6人は観覧車へと向かった。
そして少しの時間が経過した。
観覧車がゆっくりと動き始めた。
1号ゴンドラに乗った亮とひなたは、初めて二人きりになった静かな時間を過ごしていた。
「ひなた……実は、今度プロテストがあるんだ」
亮が少し緊張した声で切り出す。
「プロテスト?」
ひなたは驚いた表情で亮を見つめた。
「うん。去年の試合の時も、ひなたが応援してくれたから、頑張れた。だから……また力を貸してほしい」
亮の真剣な眼差しが、ひなたをまっすぐ見つめる。
「亮……そっか。頑張ってるんだね」
ひなたは少し照れながらも微笑む。
「ひなたが応援してくれたら、きっと……」
亮の声が低く、けれど強く響いた。
ひなたは観覧車の窓越しに広がる景色を見つめ、そして彼をまっすぐ見返す。
「応援するよ。頑張って、亮!」
その言葉を聞いた亮は意を決したように、膝をつき、ひなたの顔を見上げた。
そしてそっと唇を重ねる。ゴンドラの窓越しには、遠くで燃え続ける火柱が小さく映っていた。
2号ゴンドラでは、のぞみが窓に顔を押し付けて外を眺めていた。
「なんやあれ、何か燃えてへんか?知らんけど」
「高速道路……かしら。火事か事故かしらね」
真緒が少し眉をひそめながら答える。
「そやけど、こうやって観覧車に乗っとると、なんか世界が平和に見えるわな!」
のぞみが無邪気に言うと、真緒は少し笑みを浮かべた。
「ええ、そうですわね……でも、平和に見えるだけかもしれませんわ」
3号ゴンドラでは、京子が躊躇いながらも口を開いた。
「恭二さん……私、裏庭で小河さんを見ました」
「小河……君たちが探している娘のことか?」
恭二の声は冷静だったが、その目にはどこか鋭さが宿っていた。
「はい。でも……あれは本当に小河さんだったのかどうか……」
京子の声は震えていた。
「死んだ人間が蘇るなんてことは、現実にはありえない」
恭二は静かに断じたが、表情は曇っていた。
―その頃の ジェットコースターエリア―
ジェットコースターを降りた柑奈のスマホが震える。画面を見た彼女は息を呑んだ。
「白影市内でテロ……高速道路にて警察のヘリが墜落、警察官6名が死傷……」
―そして、再び観覧車―
同じく、観覧車内の恭二のスマホにも同様の通知が届く。
「やはり……ファウンデーションの仕業か」
それぞれの思惑を乗せて、観覧車のゴンドラはゆっくりと回り続けていた――。
1号ゴンドラでは、亮とひなたが向き合いキスを交わしている。
二人の後ろ、遠くの景色では火柱がいまだに燃え続けていた――。
お読みいただきありがとうございました!
今回の章は、「静」と「動」、「愛」と「疑念」、「平穏」と「非常事態」の同時進行がテーマでした。
【青春パート:観覧車】
亮とひなた:ついに想いが通じ合い、初キスという大きな進展。
のぞみ&真緒:火柱を見ながらも、観覧車から眺める風景に小さな“世界の平和”を重ねる。
京子と恭二:小河佑梨の謎を巡り、真実に近づく静かな対話。
静かな時間の中に、読者にとっても“息をつける隙間”を意識しました。
しかし、それは“嵐の前の静けさ”であることが、柑奈や恭二のスマホ通知によって明らかになります。
【現実パート:火柱とテロ】
柑奈と恭二に届くテロ速報の通知
高速道路で進行中の逃走劇の影が、とうとう遊園地側にも届きはじめる
観覧車の上という「一番遠くから全体を俯瞰できる場所」で、真実の一端が明かされていく構図です。
次章以降も物語の展開は続きます。
次回もよろしくお願いいたします!




