第59章 二階堂ランドの幻
こんばんは!作者のサブサンでございます!
最近、少しPVが増えた事で嬉しい気持ちでいっぱいです!
ありがとうございます!
第59章「二階堂ランドの幻」――交差する記憶と暴走する運命
穏やかに回るコーヒーカップ。その中で交わされる何気ない会話の中に、16年前の悲劇が静かに蘇る。
京子の無邪気な問いと、恭二の内に宿る“確信未満の確信”。
父としての資格を捨てた男と、まだ知らぬ娘との静かな交差点。
一方、平和な一日が予定されていた遊園地の外では、悪夢のような逃亡劇が激化する。
追跡、銃撃、ヘリの墜落――
そして、その暴力の中心にいるのは「演奏しか知らない少女」と「守る覚悟を決めた女教師」。
平穏と混沌。
記憶と運命。
すべてが、「遊園地」に集い始める。
―二階堂ランド―
コーヒーカップが止まった瞬間、恭二の視線がふと京子の髪飾りに留まった。
白い花の形をしたその飾りは、どこか彼の記憶を呼び覚ます。
(……あれは……)
白い花の髪飾り――それは過去の苦渋に満ちた決断の記憶へと彼を引き戻すきっかけだった。
―16年前の冬―
2月20日、冷たい風が吹き荒れる中、恭二は二階堂町の外れの小さな教会を訪れていた。
教会の屋根は雪を被り、静寂の中にただ礼拝堂の鐘の音が響いていた。
小さな看板にも雪は降り積もっていたが、かろうじて読むことができる。
「新生礼拝堂 孤児院 新生の家」
恭二の手に抱えているのは、一人の赤ん坊だった。
その小さな体は温もりを宿していたが、恭二の表情には深い悲しみが刻まれていた。
まずは雪が積もる敷地を抜け、かけていたサングラスを直し、墓地に目を移す。
遠くに見える雪まみれの墓石の刻印を見てつぶやく。
「恵美子……俺は……」
足早に教会へ向かう。雪の踏みしめる音が鈍く響いた。
そして、扉を開け、中へと入ると、黒い法衣を身につけ、白髪頭を総髪した初老の牧師――丹羽が彼を迎えた。
「……恭二か……墓参りではないようだな……」
オギャーオギャー――
丹羽は泣く赤ん坊を抱える恭二を見て、一瞬言葉を詰まらせた
だが、すぐにその目に理解と覚悟の色を浮かべた。
「本当にいいのか。本当に……」
牧師の問いに、恭二は深く頷く。
「……ああ。命には代えられない。俺とは違う人生を歩んで欲しいと思っている。」
その声は震えていたが、決意は揺るがなかった。
丹羽は赤ん坊を見つめながら、考え込むように静かに頷いた。
「そうか……あれだけのことがあったからな。それも一つの選択なのかもしれん。」
恭二は赤ん坊を丹羽に預けると、すまなそうに視線を逸らした。
「すまない。頼む。」
丹羽は赤ん坊をそっと受け取りながら、少しだけ笑みを浮かべた。
「謝る必要はない。ただ……お前がこの道を選んだのなら、それだけの覚悟があるのだろう。」
恭二は目を伏せ、低い声で答えた。
「次郎……あんたも変わったな。牧師に身をやつすなんて、昔のグランパらしくない。後悔か?それとも良心の呵責か?」
丹羽は鼻の下を撫で、遠い目をして呟いた。
「ワシは……暗殺者として………数々の命を……。」
恭二は黙ってうなづいた。
そこに丹羽の言葉が続く。左手で赤ん坊を抱きながら、自らの右手をしみじみと眺めていた。
そして、ふと遠い記憶を辿るように目を細めた。
「かつて……この手は、多くの命を奪った。それが、誰かの親族の命だったかもしれない。それでも……こうしてこの手に託される命がある。」
丹羽の手がそっと赤ん坊の小さな指を包む。
その指の感触が、彼に赦しへの一歩を歩ませているようだった。
すると、一人の子供が丹羽に静かに歩み寄ってきた。
赤ん坊を見て不思議そうに言う。
「牧師様。新しいお友達?」
「ああ……また、皆に紹介しよう」
「はい!牧師様!」
子供はそういうと、教会の奥に静かに消えていった。
恭二は神妙な表情で尋ねる。
「あの子も?」
丹羽は目を閉じて答える。
「過去のターゲットの……孫だった……あの子が知ったら……」
「だが……なぜ、そこまでして?」
「逃れられない因果を生きるためだ……そうすることでしか、自分を赦せなかった……」
恭二は小さく息を吐き、微かに頷いた。
「それが引退の理由か……」
丹羽の視線が恭二に向けられる。
「恵美子さんのことは気の毒だった……まさか、麻倉が……あんな形で報復を……」
丹羽が口にした名前に、恭二の表情が微かに変わった。
しかし、彼は目を閉じて短く答えた。
「お前のせいじゃない……グランパ。」
丹羽は一瞬言葉を飲み込んだが、やがて問いかけた。
「……それで、あいつを追うのか?」
恭二は顔を上げると、丹羽をまっすぐ見つめて答えた。
「ああ……奴は海外に逃亡したらしい。複数の目撃情報があるが、まだ確かなものは何もない。長い戦いになるだろう。」
「それもまた、因果だな……」
丹羽は静かに呟いた。
オギャーオギャー!――
礼拝堂に赤ん坊の泣き声が響く。その小さな声は、恭二の胸を強く締め付ける。
「次郎……それと……これを……」
恭二は丹羽に絞り出すように声を出す。
その手には白い花がついた髪飾りが握られていた。
丹羽は少し訝しげに問う。
「これは?」
「恵美子が買ったものだ「京子が大きくなったら……」とな……つけてやることは敵わなかったがな……」
「お前がつけないのか?」
少し考えて、恭二は言う。
「俺に……その資格は無い……」
「……」
恭二は後ろに振り返ると、扉に向かって歩き出した。
「次郎……頼む……」
そうつぶやくと、扉を開け放した。
冷たい冬の風と雪が吹き込んでくる。
そして、すぐに恭二の姿が外に消えた。
「……」
丹羽は赤ん坊を抱きしめたまま、恭二の後をゆっくりと追っていった。
そして、恭二は丹羽に背を向け、教会を後にしようとした。
「……この選択が正しいのかどうかはわからない。だが、俺の仕事は危険すぎる……巻き込んではならない。」
その声はかすれていたが、その言葉に恭二の全ての想いが込められていた。
彼は、外に停めた車へと向かう。
車に乗り込んだ恭二は、丹羽に向かって一度だけ軽く頷いた。
丹羽は力強く発した。
「恭二!命は巡るのだ!これは因果だ!誰も逃れられんぞ!」
そして、冬の空の教会の敷地に鳴き声が再びこだました。
オギャーオギャー!――
恭二は丹羽の言葉を振り切る様に、車を発進させると、サングラスの奥から一筋の涙が頬を伝った。
ルールミラーを見ると、赤ん坊を抱きしめた丹羽が立っているのが見えたが、それはすぐに小さくなり、見えなくなっていった。
「平穏な人生を……それだけを……」
遠ざかる教会と丹羽の姿がミラー越しに消えた瞬間、恭二の心には重たい静寂が広がっていた。
―そして、現在。二階堂ランド―
目の前にいる京子の姿が、恭二の過去と未来をつなぐ架け橋のように感じられた。
彼はコーヒーカップのハンドルを握る手に力を込めた。目の前の京子の姿が、過去の赤ん坊と重なって見える。
(……命は巡るのだ!これは因果だ!……誰も逃れられない……!――)
恭二の脳裏には、丹羽の最後の言葉が響いていた。
京子は不思議そうに恭二の顔を見上げる。
「……恭二さん?どうかしたんですか?私の顔ばっかり見てましたけど?」
京子は少し首を傾げ、無邪気な笑顔を浮かべたが、どこか不安そうな色も見え隠れしていた。
「まるで……私のことを知ってるみたいな顔してるんですよね。変なこと言っちゃったかな?」
恭二は少し間を置いて、ゆっくりと京子の方を向いた。
「……いや、何でもない。」
「変なの……」
しかし、彼の胸の内は静かでなかった。
(……お前は、本当に京子なのか……俺の……)
恭二が京子の髪飾りを眺めながら、内心で呟く。
「すべての因果が再び巡り合うのだろうか……」
カップが止まり、静寂が戻る。恭二は一瞬だけ目を閉じ、過去の影を振り払うように大きく息を吐いた。
―その頃、とある高速道路―
その頃、遊園地に向かう高速道路を、一台のオープンカーが猛スピードで疾走していた。
渡瀬はオープンカーを必死に操りながら、息を整える間もなく周囲を警戒していた。
「何とか……脱出できたけど……。まだ追ってきてる!」
助手席には佑梨が座り、風になびく髪を楽しむように頭を振り回している。
「ニゲル!ニゲル!たのしーっ!」
「はしゃがないで!本当にまずいのよ!これは!」
渡瀬は険しい表情でバックミラーを確認する。
「黒いバン……2台……しつこいわ……」
そして、燃料メーターに目をやる。
「もう半日以上、ぶっ通し……後……4分の1……くらいか……」
渡瀬は再びアクセルを踏み込み、加速する。
後方では、バンの窓が下ろされると、顔をゴーグルで覆った黒づくめの特殊部隊の姿が現れる。
ヘルメットは戦闘用の硬質素材で覆われ、サイドには小型カメラが装備されていた。
戦闘服には複数のポーチが取り付けられ、弾倉や爆薬が収納されている。
彼らは肩にサブマシンガンを構え、腰にはホルスターで拳銃を携えている。
車内の無線が静かに鳴り響く。
「まさか……特殊音階がセキュリティ装置にまで影響を及ぼすとはな。」
「ボスには報告済みか?施設全体に影響が出ている。」
「今は対策済みらしい。」
「まさか……脱出するとは……な…。だが、今はターゲットを捕えるんだ!」
「それだけ、DはEMPより、強力なものと言う訳だな……」
部隊長と思われる男の檄が飛んだ。
「バン1、接近中のヘリがいる!警戒しつつターゲットの確保を続行しろ。バン2は側面から包囲だ。目標を止めろ!」
「了解!」
運転席の男がハンドルを操作しながら無線を切る。
助手席に座るもう一人の特殊部隊員が、サブマシンガンを窓枠に載せ、ターゲットに向けて銃口を固定した。
「狙え!」
ズダダダダ――!
サブマシンガンが火を噴き、連続した銃弾がオープンカーに降り注ぐ。
「キャハハハ!すごい音ーっ!」
佑梨が笑いながら手を叩く。
銃弾が車体に穴を開け、ボディがへこむ。
火花が弾け、道路のアスファルトに弾痕が次々と刻まれる。
「ふざけないで!」
渡瀬は怒鳴りながら、車体を急激にスライドさせて銃弾の雨をかわす。
ハンドルを切るたびに、車のタイヤが悲鳴を上げる。
「おばさん?こっちはバンバンしないの?」
「ある訳ないでしょ!こっちは逃げるだけなの!」
「えー……つまんなーい!」
佑梨は口を尖らせたが、その目は依然として楽しげだった。
さらに後方には、警察のヘリコプターが空を旋回している。
「こちら白影署だ!前方の車両は停止しろ!無駄な抵抗をするな!」
スピーカーからの警告が響く中、地上では数台のパトカーがオープンカーと黒いバンを追跡していた。
「追い詰めるぞ!黒いバンに注意しろ!」
「了解!」
パトカーたちとヘリはフォーメーションを組み、一気に黒いバンたちに接近を開始し始めた。
一方、バンからの攻撃は続き、渡瀬に止まれるチャンスは訪れない。
「なんとか知らせないと!」
渡瀬は汗をかきながら周囲を見渡すが、通信手段は見当たらない。
「どうしろって言うのよ……」
スマホもない。状況を伝える術がないのだ。
黒いバンの車内では、特殊部隊の男たちが、無線越しに指示を受けていた。
「隊長!警察が追ってきます!」
「ターゲットの確保が優先だ!うるさい蠅を落としておけ!」
「了解!殺虫剤用意!」
その時、追跡は一瞬にして凶暴な混沌に変わった。
黒いバンのスライドドアが勢いよく開かれる。
特殊部隊の一人が肩に担いだロケットランチャーを構え、じっくりと照準を合わせた。
「うるさい蠅を落とせ。」
部隊長らしき人物が冷たい声で命じる。
―ヘリコプター内―
「回避しろ!ロケットランチャーだ!」
ドーン――!
ロケット弾がバンから放たれる。白い噴煙を残しながら一直線に飛び、警察のヘリコプターを直撃した。
爆音と共に、ヘリのローターが千切れ飛ぶ。
「制御不能だ!墜落する!うわーっ!」
無線が最後の叫びを上げると、ヘリは道路脇に叩きつけられた。
ズガァァァン――!
地上ではパトカー数台がその爆発に巻き込まれる。
炎と煙が道路を塞ぎ、追跡中のパトカーは次々とブレーキをかけて停車する。
「こんな平和な街で……テロだと!?」
警察官が拳を握りしめ、爆発で赤く染まる空を見上げる。
「大至急、本部に応援を!」
「こちら白影005号!白影市内でテロ事件発生!容疑車両は二階堂町に向かって南下中!至急応援を――」
無線の向こうから無機質な返事が聞こえてきた。
「こちら、白影警察署本部。応援要請了解した。なお、広域事件に及ぶため、隣接市のあかつき市、二階堂町の署にも……」
通信が途切れる。
そして、間も無く新たなパトカー、救急車や消防車のサイレンが響きわたり始めた。
―バンの車内―
黒いバンは執拗に距離を詰めてくる。
特殊部隊の男たちは冷酷な視線をゴーグル越しに向け、再びサブマシンガンを構えた。
「必ず捕えろ!オリジナルの追跡で一度、我々は失敗してるのだ!」
「奴らを必ず止めろ!粛正されるぞ!」
―オープンカーで逃げる渡瀬と佑梨―
そして、渡瀬は必死で車を操作していた。
タイヤをギリギリまでスライドさせながら、道路の隙間を逃げるように蛇行する。
後方の黒いバンからの銃弾が車体に再び降り注ぎ、サイドミラーが飛び散った。
「佑梨ちゃん!大丈夫?!」
「ニゲル!ニゲルって楽しーっ!」
佑梨は無邪気な笑顔で答えた。
渡瀬は前方に掲げられた道路看板へ目を向ける。
『二階堂ランドまで約18キロ』
「あそこなら……人も多いわ……奴らも簡単に手出しできないはず……紛れるにも好都合……」
佑梨が無邪気に尋ねる。
「おばさん、二階堂ランドってどんなとこ?面白い?」
「行ってみたらわかるわ……」
歯を食いしばりながら、渡瀬はハンドルをさらに強く握った。
渡瀬の前方には、わずかな道が残されているだけだった――。
この章は、大きく2つの軸で展開されました。
・【静寂と回想】コーヒーカップ内の京子と恭二
京子の無邪気な疑問。
髪飾りが呼び覚ます16年前の冬。
「新生の家」「丹羽牧師」「白い花」――伏線が静かに回収され始めます。
読者にとっては、「京子=恭二の娘」という確信が限りなく強くなる描写でしたが、本人たちはまだ“核心”に触れていません。
・【暴走と混沌】渡瀬&佑梨の逃走劇
高速道路上での激しいカーチェイス。
特殊部隊の襲撃、警察ヘリの撃墜。
渡瀬の必死の運転と、無邪気に笑う佑梨の対比が皮肉的。
『EMPすら上回る特殊音階D』という言葉から、ファウンデーションの研究の“異常性”も強調されました。
章タイトルの「幻」とは、
▶ 京子という“失ったと思っていた命の幻影”
▶ 平和な遊園地という“安全の幻想”
▶ 渡瀬たちの“逃げ切れるという希望”
それらすべてが交差し、崩れかけていく様を象徴しています。
次章では、いよいよこの「2つの世界」が衝突する予感――。
今後の展開をお楽しみに!




