第57章 青春の小休止
こんばんは。
最近は連投している、作者のサブサンでございます。
第57章「青春の小休止」――心の嵐の中に、ひとときの晴れ間を。
緊迫する物語の裏で、今日は少しだけブレーキをかける時間。
舞台は、話題のテーマパーク「二階堂ランド」。
地下鉄での移動、到着、そして再会――。
絶叫マシンを前に怯えるひなた。
着物姿で颯爽と現れる真緒。
軽口を飛ばしながらも、どこか気を張っている京子と大海。
そしてそれぞれの想いを抱えながら、再び合流する冴姫と香菜子、そして恭二と柑奈――。
「日常」という名の仮初の安息。
その裏に潜む「非日常」との境界線が、静かに近づいてきます。
日曜日の朝、ひなた、亮、京子、大海の四人は、遊園地へ向かうために白影市庁前駅の地下鉄ホームへと降り立った。
しかし、ホームはすでに多くの人々で溢れかえっており、あちこちからざわめきやアナウンスの声が響いている。
休日の朝で様々な行き先に向かう人たちで賑わい、ホームはいつも以上に混雑していた。
「すごい人だね……」
ひなたが驚いたように周囲を見回す。
「ああ、日曜日だからな。みんな出かけるんだろう」と亮が肩をすくめながら応える。
「乗れるかな……」
京子が心配そうにホームを見渡す。
「大丈夫さ、なんとかなるって!」
大海は軽く笑うが、混雑した人波を前にして少し不安げな表情を見せている。
「ほら、あれだよ!急いで!」
ひなたが電光掲示板を指差し、向かってくる電車を知らせる。
「二階堂ランド行き……あれね……」
掲示板に行き先が表示される。
「停車駅:白影スタジアム前 二階堂小町 二階堂タウン 三ツ木 安寧寺 二階堂ランド前」
ホームには「まもなく電車が到着します」というアナウンスが響き渡った。
その瞬間、さらに多くの人々が詰めかけてきて、ひなたたちは少し身を寄せ合いながら電車を待つ。
「電車が来るから、気をつけるんだぞ。」
亮が小さなひなたの肩にそっと手を添える。
その身長差から、まるでひなたを守るようなポジションにいる亮へ、ひなたは少し安心したように微笑んだ。
そして、電車が到着し、ホームのベルが鳴り響くと、人々が一斉に乗り込もうと押し寄せる。
ひなたたちも人波に押されながらなんとか車内に乗り込むと、再びベルが鳴り、扉が閉まった。
ひなたはぎゅうぎゅうの車内で肩を落としながら息をつく。
「間に合った……」
混雑した車内のざわめきが耳に届く中、彼らはようやく遊園地へ向かう旅路にひと息をついたのだった。
地下鉄は進み始める。
「混雑して……座れないな……」
「立っているしかないか……」
「それにしても……皆、二階堂ランドかな?」
わずかな明かりが見える地下線をみつめながら、これからのことを話していた。
最初にひなたが言葉を発した。
「あかつき市から直通じゃないんだよね。」
亮が優しく微笑む。
「仕方ないさ、バスしか通ってないしね。」
車内アナウンスが流れる。
「……二階堂ランド行きです……次は白影スタジアム前です……右側の扉が……」
大海がアナウンスを聞き、心配そうな表情で、考えていた。
「冴姫の奴……最後の試合予定……このスタジアムだったよな……」
ひなたは亮と楽しげに話しているが、ふとした瞬間に無意識に表情が曇る。
「小河さん……一体……何がどうなってるの……」
事件が気にかかっているのだ。
亮はそんなひなたの様子に気づき、優しく頭に手を乗せてなでる。
その身長差から、亮の手はちょうどひなたの頭に届き、まるで兄が妹を慰めるような穏やかな仕草だった。
「たまには気を休めることも大事だぞ、ひなた。」
亮の言葉に、ひなたは驚きながらも安心したように微笑んだ。
「ありがとう……亮……。」
亮の頼れる言葉と、頭をなでる優しい手に、ほんの少しだけ気持ちが軽くなる。
地下鉄はいくつもの駅へ停車と発車を繰り返し、地下鉄は順調に進んでいた。
ひなたと亮の横で、京子が少し不満げに腕を組んで座っている。
視線の先には、大海がいた。
「まったく……チャラ兄妹の提案とはいえ……」
京子がわざとらしくため息をつく。
大海は気にするそぶりもなく、気楽な笑顔を浮かべている。
「まあまあ、京子ちゃん。今日くらい一緒に楽しもうぜ?」
「ひなたも行くって言ったから来たんだからね?わかってるわよね?」
京子はむすっとした表情で大海に言い放つ。
ひなたは少し困ったように笑いながら、京子に話す。
「いや、香菜子ちゃんが、わざわざチケットくれたんだし……」
「そうだせ?」
亮も笑う。
ちょっと大海をフォローするように言葉を添えた。
「見た目はこんなのだけど、意外とマメなとこあるんだよ、こいつ」
大海が少し笑って言う。
「亮!こんなのは余計だ!」
「そうだったな!ハハハ!」
京子はそれを聞き、少し不機嫌そうに視線を逸らした。
「……そう……だよね……」
小さな声で返事をする。
大海は、京子の態度を気にする様子もなく明るく続けた。
「それに、冴姫にも元気だしてもらわないと……。京子ちゃんも、思いっきり楽しもうぜ!」
京子が憮然とした顔で訂正する。
「土師です!」
―その頃、バスの中―
冴姫は停車場からバスに乗りこんでいた。
車両アナウンスが行き先を告げる。
「白影市庁前行き、発車します。次は……あかつきタウン東……」
ひなたたちと遊園地に行くことを楽しみにしている一方で、少しばかり緊張した面持ちも見せている。
「冴姫さんに……それに麻倉さん、延藤さん……あの二人も……。」
バスの揺れに身を預ける冴姫の側には香菜子もいた。
香菜子が少し心配そうに尋ねる。
「サキ姉?大丈夫?」
冴姫はみんなのことを思い浮かべ、心の中で呟いた。
「みんな……」
そして、彼女のテニスへの思いが交錯する。
「松平さん……。」
香菜子が明るい表情で言った。
「サキ姉!今は何も考えない方がいいよ。」
「カナ……」
「なる時は何とかなるって!」
冴姫は笑顔で応じる。
「そうね……そうかも知れない……」
―二階堂ランドに向かう地下鉄車内―
そして少しの時間が経ち、ひなたたちが乗る地下鉄の車内アナウンスが到着を告げ、地下鉄の扉が開いた。
「二階堂ランド前、終点です。お降りの際はお足元にご注意ください」
すると、待っていたかのように乗客たちが一斉に出口へと流れ出した。
ひなたたちもその人波に押されながらホームへと降り立つ。
「ふう……やっと着いたね。」
ひなたが肩をすくめると、京子も息をつきながら答える。
「本当にね。混みすぎでしょ……。」
すると、同じ列車の違う車両から、ロングスカートにピンクのシャツ姿ののぞみと、緑の着物を着た真緒が現れた。
「延藤さん!麻倉さん!」
ひなたが手を振ると、二人は笑顔で近づいてくる。
真緒の緑の着物に目を留めた京子が、驚いたように呟く。
「目立つわねえ……遊園地に着物?」
真緒は気にする様子もなく、静かに答えた。
「麻倉家では、外出時に着物を着るのが普通ですから。母にも勧められまして……」
亮が冗談めかして笑う。
「陸上部のエースとは思えないね。」
「リフレッシュせんとな!」
のぞみは軽く体を伸ばしながら笑顔を見せる。
一方で大海が目を輝かせながら声を上げる。
「のぞみちゃん、可愛いねえーっ!」
「チャラいわ……。」
京子は心の中で呆れつつ、わずかにため息をつく。
「じゃ、行こっか?」
ひなたの一声で、全員がホームを後にする。
ホームのあちこちで声が響く。
「早く行こう!」
「絶叫マシンに乗るぞ!」
遊園地へ向かう人々は、皆どこか浮かれた様子で足早に進み、誰もが笑顔で楽しみに満ちているようだった。
一同は改札を抜けると、大海が意気揚々とみんなに声をかけた。
「よし、行こうぜ!」
ひなたは周りを見渡しながら、ふと気になって尋ねる。
「そういえば?冴姫さんと香菜子ちゃんは?」
「後で来るってさ。遊園地の中で合流することになってる」
そして、それぞれの想いを抱きながら、彼らは日常の小休止を楽しむため、遊園地の入り口へ足を踏み入れていった。
―二階堂ランド 駐車場―
その頃、二階堂ランドの駐車場に一台のスポーツセダンが滑り込んで停まった。
車内から降りてきたのは、恭二と柑奈の二人。
「遊園地で任務とはね……。」
恭二が低く呟きながら腕を組む。
柑奈は軽く車の屋根を叩いて微笑んだ。
「ここで、ファウンデーションの動きがわかるのかしら?意外な場所じゃない?」
恭二が周囲を見渡しながら言葉を続ける。
「……まあ、成り行きだ。警戒は怠るな。」
柑奈は軽く肩をすくめて、楽しそうに言った。
「わかってるってば。でも、せっかくだし、ちょっとくらい楽しんでもいいでしょ?」
―二階堂ランド入口―
ひなた、亮、京子、大海、真緒、のぞみの六人は、ついに二階堂ランドの入口に到着した。
そして、入場を済ませると、飲み物を手にし、広場で一息ついていた。
「しかし、遅いな……」
「もう少し待つ?」
しばらくすると、冴姫と香菜子が小走りで駆け寄ってきた。
「ごめんなさい、遅れて……。」
冴姫は少し息を切らしながらも、申し訳なさそうに頭を下げる。
その隣で、香菜子が明るく手を振った。
「お待たせっ!」
「冴姫!カナ!遅いよ!」
大海が茶化すように笑うと、香菜子がすかさず反撃する。
「まあまあ!これから取り返すんだからね!お兄ちゃん!?」
一方、冴姫はそわそわと周囲を見渡している。
「その……皆さん、先に入ってたのね……。」
香菜子が明るく言う。
「サキ姉、緊張しすぎだって!今日はリラックスする日だよ!」
「……ありがとう。でも、やっぱり少しだけ考えちゃうのよ……」
「気にしないで、冴姫さん!」
ひなたが励ますように微笑むと、冴姫はようやくほっとしたように微笑み返した。
「ありがとう……」
「今日はみんな揃うんだよね?」
ひなたが尋ねると、香菜子が元気よく答える。
「そうそう!今日はアゲてこーっ!」
香菜子が意気込むと、大海が負けじと続ける。
「もちろん!絶叫マシンね!高さ90メートルに全コース1540メートル!楽しもうぜ!」
ひなたは青ざめながら、ジェットコースターを見上げた。
「……高い……無理……。」
「大丈夫だよ、ひなた。」
亮が優しく肩を叩くと、ひなたは少しだけ安心した表情を浮かべた。
その横で京子が冷たい目を向ける。
「やっぱりチャラ兄妹……。」
香菜子と大海が即座に反論した。
「羽柴だよ!」
亮が苦笑いしながら二人をなだめた。
「まあまあ、みんな落ち着いて。」
一方で真緒が周囲を見渡しながら呟く。
「遊園地なんて、子供の時以来ですわ……。」
「まあ、今回は色々複雑やけどな……。」
のぞみが苦笑しながら続ける。
その瞬間、声が響いた。
「見つけたぞ」
ひなたが振り返る。
「土師さんと柚希さんも来たわね……。」
その視線の先には、恭二と柑奈がいた。
恭二が低い声で言う。
「待たせたな……。」
「さて……どうするの?」
柑奈が挑発的な笑みを浮かべている。
京子は恭二と柑奈を黙って見つめ独白する。
(なんとなく……懐かしい感じがする……でも……)
ひなたは全員を見渡し、明るい声でまとめた。
「揃ったみたいね。」
香菜子が手を挙げて叫ぶ。
「よーし……行くよーっ!」
それぞれの想いを抱えながら、ひなたたちは遊園地の奥へと進んでいった。
「ひなたちゃん!ジェットコースターに乗ろう!」
「無理無理!」
「カナは絶叫マシン大好き!」
「私は……見てるわね……」
本章は「物語の小休止」、あるいは「嵐の前の静けさ」とも言える構成でした。
一見するとただの楽しい遊園地パート。
しかし、読み進めていくうちに見えてくるのは、それぞれが胸に抱く「過去」と「疑念」。
特に印象深いのは、着物姿で現れた真緒。
それが彼女の家庭の「規律」や「気品」の象徴である一方で、現代の遊園地という空間との対比が、物語の緊張感を絶妙に保っています。
また、冴姫の迷い、京子の微妙な態度、ひなたの心の影、香菜子の奔放さ――
それぞれの個性が見事に交錯し、「青春群像劇」としての強さを感じさせてくれる章でした。
そして、最後に登場した恭二と柑奈の存在。
この“仮初の平穏”に、一気に“現実”を差し込む存在として、絶妙な立ち位置で物語に再び緊張を呼び込みます。




