第55章 ある出来事の前夜
こんばんは。
作者のサブサンでございます。
第55章「ある出来事の前夜」――これは“嵐の前の静けさ”。
二階堂ランドという楽しい予定を控え、仲間たちはグループチャットで和気あいあいと盛り上がっていた。
しかしその裏では、それぞれの胸中に渦巻く“疑念”と“不安”が静かに広がり始めていた。
香菜子の交渉力、亮のちょっとした好意、冴姫たちの沈黙。
そして――明らかになりつつある“理事長の影”と“ファウンデーション”の存在。
一方その頃、冷たい地下研究所では、命を賭けた逃走劇が続いていた。
渡瀬と佑梨――彼女たちが見つめる「外の世界」は、果たして希望なのか、それとも……。
日常と非日常が交錯する、運命の前夜をお届けします。
土曜の夜、あかつき市は静かな闇に包まれていた。
各自の自宅では、明日の計画を話し合うためのグループチャットが盛り上がりを見せていた。
「明日はニカランだね!楽しもう!」
香菜子が最初にメッセージを送る。
「おう!ジェットコースター絶対乗るぞ!」
大海が続ける。
亮がそれに応じる。
「チケットは?」
すると、すぐに電子チケットのスクリーンショットが共有された。
「二階堂ランド 団体用デジタルチケット 入場料:4500円→3500円」
「おーっ!」
一同の驚きのメッセージが飛び交う。
「え?団体割引がそんなに効くの?」
ひなたが改めて驚きの声をあげる。
「これは香菜子が交渉したおかげだよな。感謝!」
大海が感心した様子でメッセージを送ると、他のメンバーからも次々に称賛のコメントが送られてきた。
「ま……まあね。ちょっと頑張っちゃった!ダチのナナがニカランの社長令嬢だしね。」
香菜子は得意げな様子で答えたが、その顔は画面の向こうで満足そうにほころんでいた。
「さすがカナね。頼りになるわね」
冴姫も賞賛のメッセージを送る。
「で、明日はみんなジェットコースター乗るよな?」
亮が提案すると、一瞬グループチャットが盛り上がる。
京子からのメッセージが飛ぶ。
「確か……高いんだっけ?」
大海がにこやかな顔をしながらメッセージを送信する。
「これだよ。リンク先を見てみて。」
京子はリンク先をタップすると、二階堂ランドのホームページが開かれた。
「ジェットコースター……地方最大級……」
そこで、のぞみがメッセージを送る。
「90メートルやないけ!こらエラい高さやわ!」
真緒もメッセージを送る。
「1800メートルもの全長を誇る迫力満点のアトラクション……とありますね」
「うう……私、あれ怖いかも……」
ひなたが弱気なコメントを送ると、亮がすかさず反応する。
「大丈夫だよ、ひなた。俺が隣に乗るから安心して。」
「うわ、暑すぎるよ!」
「亮、そういうのいらないから!」
「わかりやす!」
一同から容赦ないツッコミが飛び交う。
「俺はただ、フォローしただけだろ!」
亮が言い訳するが、チャットの笑いは収まらない。
そんな中、恭二や柑奈、そしてのぞみや真緒は特にツッコミを入れず静観していた。
(ジェットコースターの話なんて、今の状況を考えたら……)
柑奈はスマホを握りながら、心の中で別の考えを巡らせていた。
時間が経過し、外は闇が深くなってきた。
ひなたがメッセージを送る。
「明日だし、もう寝る?」
「そうだね」
やがてグループチャットは自然と終了となったが、画面を閉じた後、それぞれが思いを巡らせていた。
真緒はベッドの上で、小さくつぶやいた。
(本当に……理事長先生が叔母さまなのかしら?もしそうなら……なぜ、あれほど隠そうとするの?)
のぞみもまた、横になりながら目を閉じて考えていた。
(真緒の言うとった事がホンマなら……やっぱ、理事長先生には何か秘密があるちゅうことや……なぜ、そもそも理事長になんか?)
―同時刻 白影市のビジネスホテル「アガホテル白影中央店」にて(あかつき市の隣接市)―
そこでは、恭二と柑奈がそれぞれの部屋で同じ考えに囚われていた。
(全ての事件は……やはりファウンデーションに繋がっているのか?それに人工衛星をハッキングした目的はなんだ?)
恭二は頭を掻きむしりながら、これまでの調査結果を思い返していた。
(人工衛星……あかつき学園、理事長、そして小河佑梨……すべてが繋がっている気がする。だが、その糸口がまだ見えないわ……。)
柑奈もまた、冷静な表情を浮かべながら、自らの推測を再確認していた。
(ファウンデーションがこの事件の背後にいるのなら……どれだけ慎重に動いても、奴らに気づかれる可能性があるわね……でも、だからって止まれない。)
一方、ひなたの頭の中には、さまざまな記憶と疑問が次々と押し寄せてきていた。
(小河さんが亡くなった時期、冴姫のお父さんの会社から自動車が盗まれたこと、そして謎の二人――恭二さんと柑奈さん……それに理事長先生の行動……)
裏庭で京子が見た「死んだはずの小河佑梨の姿」。それもひなたの脳裏を強く駆け巡っていた。
「私は見たの!」
突然、京子の声がよみがえるように響く。
「あれは絶対に小河さんだったの!」
京子の真剣な表情を思い出しながら、ひなたは静かに答えた。
「わかった。私は京子を信じるよ……絶対に。」
―その頃の地下研究所。―
暗く冷たいコンクリートの廊下に、渡瀬と佑梨の足音が響いていた。
渡瀬は前を走りながら時折背後を確認し、佑梨の手を引いて慎重に進む。
「静かに……足音が近づいてる。」
渡瀬が立ち止まり、耳を澄ませる。
廊下の向こうから重いブーツの音が徐々に近づいてくるのが分かる。
佑梨は渡瀬の横で小さく震えながら、その音を聞いていたが、渡瀬が壁際に身を寄せると、佑梨も慌てて後に続いた。
廊下を見回るような足音がすぐ近くで止まり、短い無線の音が聞こえた。
「……該当エリア異常なし。次のポイントを確認します。」
やがて足音が遠ざかり、渡瀬は小声で佑梨に言う。
「行くわよ、急いで。」
再び二人は走り出す。
長い廊下を駆け抜けながら、佑梨はふと立ち止まり、違和感を感じたように立ち尽くす。
「なんだろう、これ……?」
佑梨がぽつりとつぶやく。
渡瀬が振り返ると、廊下に静けさを破るように低い音が響いた。
グーッ!――
「……え?」
渡瀬がきょとんとした表情を浮かべると、佑梨の顔が少し赤くなり、彼女は自分の腹を押さえた。
「今の……佑梨の?」
渡瀬は思わず吹き出しそうになりながら、小さな声で笑った。
「そうね……佑梨ちゃん。それはお腹が空いてるってことよ。」
「お腹が……空く?」
佑梨は首をかしげながら、ぽつりとつぶやく。
その言葉にはどこか戸惑いと幼さが混じっていた。
渡瀬がその様子を見て表情を曇らせた。
(……そうだ、この子は……。)
佑梨の声には、元気がない。
空腹と疲れが彼女を蝕んでいるのが分かった。
「元気に演奏するためには……また食べないとね。」
渡瀬は冗談めかして、少し笑顔を作りながら言った。
「タベル……タベル……」
佑梨はその言葉をまるで初めて聞くように口に出して繰り返す。
その時、渡瀬の腹も静かな廊下で鳴り響いた。
グーッ!――
「……」
佑梨は一瞬目を見開き、それから少しだけ笑みを浮かべた。
「……クスッ……」
その笑顔を見た渡瀬はほっとしたように笑みを返す。
だが、次の瞬間には再び真剣な表情になり、佑梨の手を取った。
「それよりも……行くわよ!まずは逃げるの!食べるのはそれから!」
佑梨は小さくうなずき、渡瀬の後を追って走り出した。
冷たい空気が二人の背中を押すように流れていく中、二人の足音は再び廊下を響き渡っていた。
(絶対に、この子だけは助ける……)
渡瀬は心の中で強く誓い、佑梨の手をぎゅっと握り直した。
遠くから響く足音や警告のアラーム音が、二人の追跡者たちの存在を示していた。
しかし、渡瀬はその全てを振り払うかのように走り続けた。
それぞれが別々の想いを抱えながら、夜が更けていく。
―夜のあかつき市内―
やがて、ひなたちは、眠りに落ちた。
渡瀬と佑梨は走り続けていた。
次の日の運命を、誰も知らないまま――。
第55章、最後までお読みいただきありがとうございました。
今回の章は、“希望”と“絶望”が同時に描かれる構成となりました。
グループチャットのほのぼのとした空気とは裏腹に、水面下では着実に闇が広がりつつあります。
それぞれの登場人物が「知ってしまったこと」「気づいてしまったこと」に向き合い始めたのです。
そして地下では、渡瀬と佑梨の逃亡が続きます。
グーッと鳴るお腹の音さえも、彼女たちの“人間らしさ”を象徴する大切な瞬間。
その微笑ましさの裏にある、重すぎる現実との対比が、物語の核心へと読者を導いていきます。
次章では、ついに「明日」がやってきます。
二階堂ランドという“夢の国”で、何が起きるのか。ご期待ください。




