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第54章 脱出

こんばんは。作者のサブサンでございます。


第54章「脱出」――ついに始まる、決死の脱出劇。


これまで押し殺してきた想いと、突きつけられた残酷な真実。

その狭間で渡瀬朱莉が下した決断は、かつての“教え子”を守ること――たとえ彼女が「クローン」と呼ばれようとも。


今章では、追い詰められた二人が、わずかな光と可能性を頼りに逃亡を開始。

一方で、天美と志牟螺の過去、そして“小河佑梨”の死の真実に迫る“もう一つの視点”も描かれます。


「希望」を手にするためには、「絶望」と向き合う必要がある。

それでもなお、前へ進もうとする彼女たちの勇気を、ぜひ見届けてください。

渡瀬と佑梨は冷たい蛍光灯の光に照らされる、無機質な廊下に追い詰められていた。

背後には分厚い金属製の扉、それ以上先に進む道はない。渡瀬は額に滲む汗を手の甲で拭い、必死の形相で壁のボタンを連打する。


「開いて!お願いだから……開いて!」


だが、扉は微動だにせず、低いエラー音が繰り返されるだけだった。

その音は、迫り来る危機を一層際立たせる。


背後の通路からは、特殊部隊の重厚な足音が規則正しく響き、次第に大きくなってくる。

その中には、銃のスライド音や、敵が何かを指示する低い声も混ざっていた。

「ターゲットは角の先!距離50メートル!装備を構えろ!」


渡瀬は絶望的な表情で振り返る。

そこには、迷うことなく進んでくる特殊部隊の姿があった。

「捕まえろ!」

「殺すなよ!」

サブマシンガンを構えた彼らの黒い装甲服が、狭い廊下をさらに重苦しく感じさせる。

「もう……ダメ……」


渡瀬は力なく呟き、壁にもたれかかる。

その隣で、佑梨が無邪気な顔で何かを指差している。

「これ、なぁに?」


彼女が指差したのは、壁に取り付けられた赤いボタンだった。

「非常シャッター」

その瞬間、渡瀬の頭に何かが閃く。

「遮断用のシャッターが降りるってこと?」


特殊部隊の声が迫る。

「止まれ!動くな!」


渡瀬は咄嗟に叫ぶ。

「えいっ!」

渡瀬は渾身の力を込め、赤いボタンを殴るように押し込んだ。


けたたましい警報音が廊下中に響き渡り、天井から赤い警告灯が点滅を始める。

同時に、扉に備え付けられた鉄格子がカタカタと音を立てて降りてきた。


「止めろ!止めろ!」

特殊部隊たちのの叫びもむなしく、鉄格子に続いてさらに分厚い金属製のシャッターがゆっくりと降りてきた。

その隙間を目掛けて部隊員たちがサブマシンガンを乱射する。


「伏せて!」

渡瀬は佑梨を抱きかかえ、廊下の床に身を投げ出す。


――キュン!キュン!キュン!

 

弾丸が鉄格子を叩く甲高い音が響き渡るが、シャッターが完全に降り切ると、すべての音が一瞬にして消えた。


渡瀬は肩で息をしながら、シャッターに耳を押し当てた。

「くそっ!他のルートを探せ!すぐに追え!」


敵の怒号が次第に遠ざかっていく。

渡瀬は深いため息をつき、壁にもたれかかった。

「や、やった……やったわ……!」


その隣で佑梨がじっとシャッターを見つめ、小さく拍手する。

「やったね、おばさん!」


渡瀬は苦笑し、佑梨の頭を軽く撫でる。

「まったく……佑梨ちゃんの無邪気さに……助けられたわ……」


シャッターが降りたことで一息つけた二人だったが、状況は依然として絶望的だった。

「でも……ここで立ち止まっている場合じゃない。この先に出口があるかもしれない。」


彼女は廊下を奥へと進むため、立ち上がった。

そして、佑梨に優しく手を差し伸べる。

「さあ、行きましょう。ここを抜け出さないと……!」


佑梨はその手を握り返し、満面の笑みを浮かべた。

「うん!行こう!ニゲル!ニゲル!」


二人は再び歩き出した。冷たい廊下の奥には、微かに光が見え始めている。

しかし、それが出口なのか、新たな危険への入り口なのか、渡瀬にはまだわからなかった。


だが、彼女の瞳には確かな決意が宿っていた。


―渡瀬と佑梨から隔絶されたシャッターの向こう側での出来事―


渡瀬と佑梨が進む中、シャッターの向こう側では、特殊部隊の隊長が通信機を手にして怒りを滲ませた声を上げていた。

「シャッターはどうにか突破できるか?」


「現在、迂回ルートを検索中です。しかし、この区画は遮断システムが独立していて、突破には時間が……」


「時間がないんだ!全力で作業しろ!」


彼らの背後には、もう一人の影が現れた。

志牟螺である。

彼は冷静な目でシャッターを見上げ、部隊長に静かに告げる。

「突破できなければ、他の手段を使うまでだ。」


その声には、何か計画を秘めた冷たさが漂っていた。

「ターゲットは生かしておけ……まだ利用価値がある。」


シャッターの向こうとこちら側、二つの運命が交錯し始める。

冷たい蛍光灯が薄暗い廊下を照らし、渡瀬と佑梨の足音だけが響いている。

廊下の奥にかすかな光が見え始めたものの、それが希望を示す出口か、さらなる罠かはわからない。

一方、遮断シャッターの向こう側では、特殊部隊の隊員たちが苛立ちを隠せずに作業を続けていた。


「全ルートを遮断されています。突破にはあと数分以上かかります!」

部下の報告に隊長が舌打ちする中、その場の空気を一変させる人物が姿を現した。


重々しいブーツの音とともに現れたのは、黒いレザースーツに身を包んだ天美だった。

彼女は戦闘用の装備に身を固め、鋭い眼差しでシャッターを見上げている。

腰には拳銃がホルスターに収められ、太ももにはナイフが装備されていた。


「お前たちに任せたのが間違いだったわね……」

冷たい声に隊員たちが一斉に背筋を伸ばす。


志牟螺が天美のすぐ後ろに立ち、微笑を浮かべながら言った。

「ですが、ボス……奴らを生かしておけば、それなりの見返りがあるでしょう。」


天美は彼を鋭い視線で睨みつけた。

「言い訳は不要よ。奴らが外に出れば、この計画全体が台無しになる。」


志牟螺は軽く肩をすくめる。

「オリジナルと同じことを繰り返さないように気をつけるべきでしたね……」


「オリジナル……?」

天美の目が一瞬だけ険しくなる。


「そう。かつて、あの計画を台無しにした彼女のようにね。」

志牟螺は冷静に告げたが、その口元には冷酷な笑みが浮かんでいた。

「それを決定づけたのは、お前たちだがな……」


「……そうだ……霧島橋で……」

全員が沈黙に包まれる。


天美は拳銃を手に取り、シャッターに向けて静かに構えた。

「今度は逃がさない……この手で確実に捕える。」


その時、無線の呼び出し音をけたたましく響く。

天美はすぐに応答する。


「ボス!迂回ルートを確保しました!ルートを送ります。」

天美はスマートフォンを取り出し、素早く確認する。

「霧島山への非常ルートか……」


志牟螺が冷静なまま天美に言う。

「焼却炉からではないのですな。」

「そのようだな……ならば、奴らにも時間がかかる……」

「ここからなら……5キロ程度の距離です。時間は稼げます。」

天美は鋭い声で命じた。

「全隊員、分散して追跡。奴らを挟み撃ちにする。」


隊員たちが迅速に配置を変え、指示通りに動き始める。

志牟螺は、なおも余裕を見せながら天美に言った。

「ご自身で追うのですか?ボス?。」


天美は振り返りもせずに答える。

「逃げられると思わせるのは一度きりで十分だ。」

渡瀬と佑梨を追う天美妙子の瞳には、鋭い光が宿っていた。

冷たい廊下を進みながら、彼女の脳裏には過去の記憶が次々とよみがえる。


―小河佑梨の死亡直前の出来事―


生成室004。

重厚な扉が閉まり、無機質な空間に冷たい蛍光灯が灯る。

天美妙子と志牟螺が、中央の操作パネルを挟んで立っている。

 彼らの視線の先には、か細い少女、小河佑梨がいる。彼女は古いバイオリンを抱え、震える手で弓を握りしめていた。


天美が冷徹な口調で言い放つ。

「さて……聞かせてもらおうか。お前の音楽で、この世界を変えるその力を。」


佑梨の怯えた瞳が天美に向けられる。

「いやです……なぜ、こんなところに連れてこられたのかも……わかりません……」


天美は冷たく微笑みながら言い返す。

「お前の意思など関係ない。私はお前の才能に用があるのだ。従うなら、危害は加えない。」


志牟螺が無感情な目で佑梨を見下ろし、手にしたメスをちらつかせながら不気味に笑う。

「さあ、弾いてもらおうか……その音楽こそがすべての鍵だ。」


佑梨は恐怖で体を震わせながらも、逃げ場がないことを悟り、やむを得ず弓を弦に滑らせた。


バイオリンの音色が生成室に響き渡る。

どこまでも澄み渡った旋律だが、その響きにはどこか悲壮感が漂っていた。

天美は目を閉じ、音に耳を傾けながら、口元に冷たい笑みを浮かべる。


「やはり……D……最後の礎だった。これで計画は完成に近づく。」


志牟螺が満足げに頷きながら言葉を続けた。

「あかつき市にこれが眠っていたとは……」


天美は冷静な声で語りかける。

「学園の全面改装から7年……ようやく、すべてを手に入れた。」


志牟螺がモニターに目を向けながら分析結果を告げた。

「『M3S』システムの生成率、95%。もう少しだ……これで衛星があと1台手に入れば……全世界を制御下に置くことができる。」


天美の瞳が冷酷に輝く。

「Dが……彼女から抽出できる今……私たちの未来は確定する……」


バイオリンを弾き続ける佑梨だったが、その手が突然止まる。

彼女は震えながらも、力強い声で叫んだ。

「いや!こんな音楽で誰も喜ばない!私はこんなことのために……弾いているんじゃない!」


志牟螺の表情が凍りつく。

「何っ……!」


天美は激しい怒りを抑えきれず、バイオリンに向けて歩み寄る。

「やめろ!演奏を中断するな!」


佑梨は涙を流しながら、天美を見つめる。

「私……いや……こんな演奏……」


その瞬間、操作パネルの警告灯が赤く点滅し始める。

モニターに「生成中断」の文字が表示され、システムの進行が停止する。


志牟螺が操作パネルを叩きながら叫ぶ。

「くそっ……中断か!?ここまで来て……!」


天美は怒りの声を押し殺しながら、震える拳を握りしめた。

「この小娘が……全てを台無しにするつもりか……!」


―そして、現在―


回想が終わり、天美は廊下を進みながら冷たい笑みを浮かべた。

(あの時のオリジナルのように、また従わせればいいだけのこと。私が求めるのは……結果だ。)


彼女の足音が速くなる。背後から続く部隊の足音と共に、渡瀬と佑梨を追う天美の視線は、ますます鋭さを増していた。

「逃がさない……絶対に。」


その瞳には、過去の失敗を繰り返すことへの執念と、計画を完遂させる決意が滲んでいた。

 

お読みいただきありがとうございました。

第54章「脱出」は、まさに物語の転換点ともいえる章となりました。


渡瀬と佑梨――生と人工、教師と被験体、過去と未来。

交わるはずのなかった二人が、共に“逃げる”という行動を通じて絆を築き始めます。

そして、背後には、あまりにも深い罪と執着を抱える天美妙子が――。


今章では、“オリジナル佑梨”の最後の瞬間が語られ、物語の根幹である「M3S」「音による世界制御計画」の核心にも触れました。


次章では、いよいよ外部との接触の可能性、そして新たな登場人物たちが動き始めます。

走り出した彼女たちが辿り着く先に、何が待っているのか――

どうか、引き続き見守ってください。

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