第48章 深き悪夢へ
こんばんは。作者のサブサンでございます。
いつも「私立あかつき学園 命と絆の奏で」をお読みいただき、ありがとうございます!
第48章「深き悪夢へ」では、ついに渡瀬と小河佑梨の"再会"が描かれます。
しかし、それは決して喜ばしいものではなく、深い闇を伴うものでした……。
理事長・天美、そして謎めいた志牟螺が語る「礎」の計画とは?
佑梨の音楽がもたらすものは希望か、それとも絶望か――。
物語はさらなる緊迫の展開へと突入します。ぜひお楽しみください!
地下研究所
冷たい蛍光灯の光が無機質な空間を照らし、金属の匂いが鼻を突く。
機械の低い振動音が、重々しい沈黙の中でリズムを刻むように響いていた。
佑梨はその中心で、あかつき学園の制服に身を包んだまま、無表情で佇んでいる。
その瞳の奥には、わずかに揺れる光が見え隠れしていた。
渡瀬はその姿を見つめ、背筋が凍るような感覚に襲われた。
「……そんな……どうして……?」
その声は震え、かすれていた。
天美が冷たい笑みを浮かべながら一歩前に出る。
「あれだけ入れ込んだ娘だろう?もっと喜べばどうだ……渡瀬先生?」
「喜べ……ですって?」
渡瀬は息を呑むように天美を見上げた。
その視線は次に佑梨へ向けられるが、彼女の表情は一切動かない。
ただその無表情が、かえって渡瀬の心を強く揺さぶった。
志牟螺が満足げに笑みを浮かべ、語り出す。
「もう一度やり直せるのですよ、渡瀬さん?これが、あなたの夢ではなかったのですか?」
渡瀬は目を見開き、後ずさりしながら震える声で呟く。
「小河さんは……死んだはず……なのに……どうして……?」
「ほら、夢が叶ったんだ。もっと感謝してくれたまえ。」
志牟螺の声はどこか喜びに満ちているが、その響きには冷酷さが滲んでいた。
「……夢?」
渡瀬の問いに、天美が静かに答える。
「志牟螺。警視庁を追われてからの、その執念がついに報われたようだな。」
「ええ、ボス。この瞬間を与えていただいたこと、心より感謝しております。」
志牟螺が一礼する中、渡瀬は必死に状況を整理しようと頭を巡らせていた。
「……あなたたちは……一体何をしたの……?」
渡瀬が問い詰めるように声を上げると、天美は邪悪な笑みを浮かべる。
「さあ、どうだろうな。これがお前にとっては良い夢か、それとも悪夢か……」
「衣装が余計だったか?」
志牟螺が冗談めいた調子で続ける。
「これでも演出に気を遣ったつもりだがな。」
渡瀬の視線が揺れる。彼はもう一度佑梨に目を向けるが、彼女の無表情は変わらない。
ただ、渡瀬にはその瞳の奥に何かが揺らめいているように見えた。
「……似ている……けど、そんなはずは……まさか……まさか!」
渡瀬はうめき声のように呟く。
天美が小さく息を吐きながら肩をすくめる。
「さて、渡瀬先生。この現実をどう受け取るかは、お前次第だ。」
機械の振動音が再び響き渡る中、佑梨は微動だにせず立ち尽くしていた。
すると、冷たい蛍光灯の明かりが、無機質な空間を白く照らし続けている中、佑梨が静かに渡瀬の方へ視線を向けた。
「おばさん。私の音楽、聴いてくれる?」
渡瀬は息を呑む。
「楽しいよ?」
その無邪気な声は、かつての佑梨そのものだった。
渡瀬の頭の中に、教室で彼女の奏でるバイオリンの音色がよみがえる。
「小河さん……」
渡瀬の声はかすれていた。
恐怖と混乱の入り混じった表情で、しかし彼女の誘いを拒むことはできなかった。
佑梨は首を少し傾け、無表情のままじっと待っている。
渡瀬は震える手で口元を押さえたが、やがて視線をそらし、深くうなずいた。
「……聴くわ……」
天美はその様子を見て、冷笑を浮かべると志牟螺に目配せをした。
「よし、本番を始めろ」
志牟螺は静かに操作パネルの前に立ち、ボタンを押し込む。
重厚な機械音が響き、研究所全体がわずかに振動する。
そして、その音が消えると同時に、研究室は不自然な静寂に包まれた。
天美が冷淡な口調で説明するように語り始めた。
「Dを得るためには、純粋な特殊音階の波形が必要だ」
渡瀬は天美の言葉に反応するも、どういうことかわからず戸惑いの表情を浮かべる。
志牟螺はパネルを操作しながら、独り言のように続けた。
「A、B、C……。四つの礎が揃えば……」
「FR粒子の強度が飛躍的に高まる。そして……」
「FR粒子?D?」
渡瀬は耐えきれず、天美に問いかけた。
天美は渡瀬に冷たい視線を向けた。
「お前が知る必要はない」
その言葉に渡瀬は口を閉ざすしかなかった。
天美は静かに佑梨の方を指し示し、渡瀬に向けて冷酷に命じた。
「さて、こいつを育ててもらおうか」
「育てる……?」
渡瀬は疑念を隠しきれず天美を見つめた。
その時、佑梨がゆっくりとバイオリンと弓を持ち上げ、無造作に構えた。そして、弓を弦に滑らせる。
「おばさん、聴いてね?」
佑梨が微笑むと同時に、静寂を切り裂くような音が研究所内に響き渡った。
その音色は、佑梨が生前奏でていた旋律に似ているようで、しかしどこか違っていた。
どこまでも澄んでいて、なのに冷たく、渡瀬の耳に刺さるような感覚を伴っていた。
渡瀬はその音色に動揺し、思わず声をあげた。
「やっぱり……小河さん……なの……?」
渡瀬は椅子に座り込むようにして、目を見開き続ける。
その視線の先で、佑梨は無表情のまま弦を弾き続けていた。
天美が渡瀬の動揺を冷ややかに見下ろしながら、静かに呟いた。
「さて……夢か悪夢か、お前が決めるがいい」
志牟螺が不気味な笑みを浮かべながら、生成室の中で響く音を楽しむように、機械をさらに操作していく。
「この響き……FR粒子が発生している……より、強力なものが……これで、礎が一つになる……」
渡瀬はその言葉を耳にしながら、ただ佑梨の音色に呑み込まれていくようだった――。
佑梨の演奏は、静寂を切り裂くように続いていた。
目を閉じ、完全に音楽に集中している佑梨。
その姿は生前の彼女を思わせるが、どこか違う、冷たさと無感情が滲んでいる。
天美は冷ややかな笑みを浮かべながら、スマートフォンを取り出した。
画面を操作し、立ち上げたのは「M3S」と表示された謎のアプリだった。
アプリの起動画面には、複雑な波形や進捗を示すバーが表示されている。
「特殊音階D取得中、35%」
天美は不敵な笑みを浮かべた。
「これで……夢に一歩近づく……」
その隣で、志牟螺は佑梨をじっと見つめながら呟くように言った。
「夢にまで見た……人間の……私の夢が、今、目の前に……」
天美が志牟螺を見て言う。
「それが、警視庁やNPSOを追われた理由だろう?No.2?」
志牟螺は感慨深く言う。
「ええ……ですが、ようやく夢が叶いました。ボスも……同じではありませんか?」
その声には陶酔にも似た感情が滲んでいる。しかし、天美は彼の言葉に冷たく割り込む。
「次は……私の夢が叶う時だ。」
アプリの画面上の進捗バーは徐々に進んでいく。
「特殊音階D取得中、40%」
だがその瞬間、佑梨の演奏が激しさを増し、波形が乱れ始めた。アプリの画面にも赤い警告が表示される。
天美が険しい表情で叫んだ。
「何っ!?」
志牟螺も眉をひそめ、画面を覗き込む。
「やはり……コピーはコピーなのか?」
渡瀬は、激しさを増す音に耐えられなくなり、声を上げた。
「やめて!小河さん!早すぎる!」
だが、佑梨は無表情のまま演奏を続けている。バイオリンの音はさらに荒々しくなり、波形は制御不能の状態へと突入していく。
次の瞬間、弓の弦が突然切れた。
プツンッ!――
切れた弦は鞭のようにしなり、佑梨の指に深く食い込む。指先から鮮やかな血が滴り落ち、床に染みを作る。
ピチャッ……ピチャッ――
「小河さん!」
渡瀬は叫び、思わず前に駆け出した。
「45% 特殊音階D 取得中断。」
アプリの画面には、無情なメッセージが表示される。
天美は苛立ちを隠せず、低く呟いた。
「くそっ……」
しかし、佑梨は表情を変えないまま、切れた弓で演奏を続けた。
指先から血が滴り落ちても気にする様子はない。
傷口から流れ出る血液が指板を赤く染める中、彼女はただ淡々と弦を弾き続けている。
「やめて!弾けなくなるわ!」
渡瀬は駆け寄り、強引に佑梨の手からバイオリンと弓を奪い取った。
佑梨は初めて表情を動かし、困惑したように渡瀬を見上げた。
「どうして?楽しいのに……」
その無邪気な声に渡瀬は言葉を失う。
「小河さん……」
志牟螺が冷静さを保ちながら、画面を見つめたまま呟いた。
「やはり、成長が足りません……知性が……まだ未完成だ。」
天美も苛立ちを隠せず、画面を睨みつけながら言った。
「くそっ……仕方ない……もう一度やり直すしかないか。」
天美のスマホのM3Sには「取得失敗」と表示された。
渡瀬は震える手で佑梨を抱きしめた。彼女の体は冷たく、血がじわりと渡瀬の手を染めていく。
「大丈夫?小河さん……無理しないで……」
だが、佑梨は無邪気な声で繰り返す。
「どうして?もっと弾きたい……もっと……?」
渡瀬は彼女をぎゅっと抱きしめながら、強い悲しみに襲われていた。
「理事長……この娘に、一体何をさせようとしてるの?」
その問いに、天美は冷たく笑みを浮かべたまま応じる。
「渡瀬?これは、夢を叶えるための犠牲だ。私たちの“礎”の一つとして、彼女は欠かせない存在なのだ。」
渡瀬は天美を睨みつけ、怒りと悲しみに声を震わせながら叫んだ。
「あなたの“礎”なんて……この子をこんな目に遭わせるなんて……絶対に許さない!」
志牟螺が冷静に言い放つ。
「所詮はコピーだ。失敗もある……だが、こいつには、まだ可能性が……。」
渡瀬はさらに怒りを込めて吐き捨てる。
「この娘は……!何も知らないだけよ!」
天美は渡瀬の言葉を意に介さず、無表情で佑梨を見つめた。
「知らんな……私の夢は……絶対に実現させる。」
その場に冷たい沈黙が訪れる中、佑梨は渡瀬の腕の中でただ虚空を見つめていた――。
第48章「深き悪夢へ」をお読みいただき、ありがとうございました!
今回の章では、ついに小河佑梨が"復活"を遂げ、渡瀬との対面を果たしました。
しかし、彼女はかつての佑梨ではなく、冷たい無表情を浮かべながらも音楽を奏でる存在となっています。
彼女に隠された真実とは? そして「特殊音階D」とは一体何なのか?
徐々に明かされる陰謀と、渡瀬の葛藤が物語を大きく動かしていきます。
次章では、この衝撃の展開がさらに深まることとなります。どうぞお楽しみに!




