第39章 ナイト・コンスピラシー
こんばんは。久しぶりの投稿になります。
作者のサブサンでございます。
いつもありがとうございます。
夜の帳が下りる中、物語はさらに深い陰謀へと踏み込んでいく。
地下研究所で響くバイオリンの音色――その音は美しくもあり、恐ろしくもある。
すべての計画の始まりは8年前、天美妙子がエストリア共和国にいた時まで遡る。
学園の裏で進行する陰謀、そして今なお続く"YURI"計画の行方とは――
第39章「ナイト・コンスピラシー」
新たな局面を迎えた物語を、どうぞお楽しみください。
外は夜を迎えていた。
静寂に包まれた地下研究所。佑梨のバイオリンの音色が響き渡る。
彼女は一糸纏わぬ姿で、無邪気な笑顔を浮かべながら演奏している。
その澄んだ音色がコンクリートの冷たい壁に反響し、研究所全体が彼女の奏でる旋律で満たされていく。
天美は目を閉じ、両手を広げてその音を受け止めるように聴いていた。彼女の唇からは、熱に浮かされたような声が漏れる。
「いよいよ……」
天美の手元にあるスマートフォンの画面には、「M3S」というアプリケーションが表示され、特殊な波形が解析されていく。画面には次々とデータが流れ、波形が揺れるたびに、天美は歓喜に震えた。
「間違いない……これが、私……が追い求めた“D”……」
志牟螺も隣で息を呑み、画面を見つめていた。天美が誇らしげに微笑むのを感じながらも、彼は慎重な眼差しを崩さなかった。
だが、喜びの瞬間も束の間だった。佑梨は突然バイオリンを止め、少し不機嫌そうに顔をしかめた。そして、唇を尖らせて天美に向かって無邪気に声を上げる。
「つまんないのーっ!誰も喜んでくれなーい!」
その瞬間、スマートフォンの画面に赤い文字が点滅し、「取得中断」と表示された。天美の顔が険しく変わり、瞬時に冷えた空気がその場を包んだ。
「なんだと!?」
天美は怒りに震えながら志牟螺を睨みつける。
「何が起こったんだ、No.2!」
志牟螺は、冷静な声で天美に答えた。
「急速生成には知性の安定性が伴いません。ですから、彼女は“D”を生み出す能力を一時的に持てても、完全な自我を保てない可能性が……」
「知性だと!?そんなもの、どうでもいい!彼女が演奏さえ続けられれば……」
天美は拳を握りしめ、怒りのままに佑梨へと向き直った。
「つまんなーい!遊ぼ!きゃっきゃっきゃっ……」
そして無邪気な笑顔を浮かべている彼女に冷たい声を浴びせた。
「何故だ……私がこれほどまでに整えたのに、どうして……」
佑梨は天美の表情に気づくこともなく、首を傾げて言う。
「おばさん、楽しいこと、もっとないの?」
「なんだと!?」
「バイオリン嫌い?」
「う……」
その言葉に天美は一瞬たじろぐ。
次の瞬間、抑えきれない怒りが彼女を突き動かした。
「クソガキがーっ!」
彼女は拳を振りかぶり、佑梨へと向けようとした。
「お待ちください!」
志牟螺が両手を広げて間に入り、すぐに天美の拳を止めた。
「彼女は特殊音階を奏でられるのです。手荒な真似をしてはいけません」
天美は一瞬戸惑い、志牟螺の言葉を聞きながらも、その表情にはまだ怒りが残っていた。
だが、志牟螺が冷静に続ける。
「彼女は機械ではありません。人間としての要素をもって、特殊音階を奏でられる存在なのです」
「くそ……知性の不足がここで邪魔をするとは……」
佑梨は二人の会話に気づくことなく、楽しそうに笑いながらバイオリンを抱え、跳ねるように踊り始めた。
「楽しいこと!楽しいこと!」
志牟螺は天美を見つめ、静かに口を開いた。
「ボス……もしかしたら、彼女に知性を“育てる”余地を与えれば、安定的な演奏が可能になるかもしれません」
天美はその言葉にハッとし、佑梨の跳ね回る姿を見つめた。彼女の無垢な笑顔を見つめるうちに、天美の目には不敵な光が宿る。
「そうか……そうだな。育てる……育てればいいのだ!」
志牟螺はその言葉に驚き、息を呑む。
「育てる……?」
天美は佑梨に笑みを向け、目を細めた。
「こいつに“学ばせる”のだ。経験と知識を重ねさせ、Dを安定的に発現できるように。そうすれば、完全な“楽器”となる……!」
志牟螺はその言葉に戸惑いを見せつつも、敬礼のようにうなずいた。
「理解しました、ボス。計画の再構築を……どうします?」
天美は志牟螺の言葉に、確信の表情で返答する。
「うってつけの奴がいる……連れてこい。」
再び無邪気に跳ねる佑梨に目を向けた。その顔には、冷酷な決意が宿っていた。
佑梨は、二人の視線に気づくこともなく、ただ楽しそうに笑いながらバイオリンを抱えて跳ねている。
「綺麗な音!喜んで!楽しい!楽しい!」
志牟螺は、天美に問いかける。
「それは……?誰を?」
佑梨の無邪気な笑い声は続いていた。
「バイオリン!バイオリン!」
その無邪気さが、この場に不気味な違和感を漂わせていた。
天美はスマートフォンを手に、ほくそ笑みながら志牟螺に問いかける。
「ところで、人工衛星の件はどうなっている?」
志牟螺は冷静に報告を返した。
「先ほど、ハッキングが成功しました。人工衛星ラグナロクは、現在我々の掌中にあります。」
天美の顔に、満足げな笑みが浮かぶ。
「これで…全世界がファウンデーションの影響下に入る。計画は順調だ。」
志牟螺も一緒にほくそ笑みながら、続ける。
「全面改築から7年……苦労しましたな、ここまで来るのに。」
天美は再びスマートフォンを見つめ、冷静に学園の状況を確認する。
「学園内の状況はどうだ?」
「今は夜です。誰も気づいておりません。すべて予定通りに進行中です」
志牟螺が答えると、天美も軽く頷く。
「そうだな、誰も我々の真意には気づくことはないだろう。この学園全体が、ハッキングのためのレーダーアンテナとはな……」
志牟螺も意気揚々と続けた。
「少しばかり周囲の機器に通信障害が出る程度のことです。例えばログアウトとか……些細な問題に過ぎません。」
天美と志牟螺は顔を見合わせ、満足そうに笑みを交わした。まさに、二人の計画が思惑通りに進んでいる瞬間だった。
そんな中、天美は跳ね回る佑梨に目をやり、決意を込めて声を張り上げた。
「さあ!奴を連れてこい!すぐにだ!彼女が最後の礎だ!」
志牟螺は、鋭くうなずき、静かに応じた。
「承知しました、ボス。直ちに手配いたします。」
天美と志牟螺の視線が交差する。冷酷な計画が着々と進行する中、無邪気に跳ね回る佑梨だけが、この冷たい空間に一抹の明るさをもたらしていた。
天美は立ち去る志牟螺の姿を見つめながら、思いを馳せていた。
「長かった……これで、最後の礎を……」
―8年前―
冷たい風が吹きすさぶ冬のエストリア共和国。ヨーロッパの小国であるこの地は、一面に雪が積もり、白い大地が街を吹き抜けていた。
とあるビル。その建物に小さな看板が見える。
「エストリアン製薬」
ビルの最上階のオフィスの一室。
デスクを挟んで、天美と志牟螺が向かい合っていた。
部屋は静寂に包まれ、外の吹雪と喧騒だけが静かにこだましていた。
志牟螺は懐から一枚の封筒を取り出し、妙子に差し出した。
「用意できました、CEO……いや、ボス」
「そうか……思ったより早かったな……」
「お忘れで?私は……」
「……元、警視庁だったな。」
妙子は封筒を受け取ると、中身を取り出し、内容を確認していく。
ページをめくりながら一通り目を通すと、彼女は満足そうに小さく頷いた。
「経歴は完璧だ……さすがだ」
「恐れ入ります、ボス。」
志牟螺の返答を確認すると、天美はポケットからスマートフォンを取り出し、ネットの記事を開く。
「私立あかつき学園 経営危機。少子化と建物の老朽化が影響。」
画面を見た妙子は静かに笑みを浮かべた。
「安く買えそうか?」
志牟螺も画面を覗き込み、頷きながら答える。
「はい、ボス。地理的にも……買収は容易かと思われます」
妙子は雪の舞う中、スマートフォンの画面を見つめ、わずかに目を細めた。
記事には、学園が抱える多くの課題が淡々と記されている。
「……好都合だ。手を入れるにはうってつけの条件が整っている」
妙子は冷ややかに呟くと、スマートフォンをポケットにしまった。
「これで、少しは自由に動けるな。計画を進めるぞ」
「かしこまりました、ボス。」
「ここの後釜も用意しておけ。」
「ご明察ですな……すでにアフリカから……。」
数日後、妙子は東京・成田国際空港に降り立った。
長い旅路を終え、空港の入国審査の列に並ぶ。
そこにはつばの広い帽子とペンシルスカートのスーツを身につけた妙子がいた。
キャリーバックを引き、審査の列を進んでいく。
入国ゲートまで、妙子が進む。
審査官が形式的な質問をした後、パスポートを確認する。
「郡真県あかつき市ひばりが丘の…天美妙子様ですね。審査は大丈夫です」
審査官は微笑みを浮かべた。
「ありがとう」
妙子は一礼し、空港の出口に向かう。
到着ロビーには黒い高級車が停まっており、側には志牟螺が待機していた。
「お待ちしていました」
志牟螺が軽く頭を下げて妙子を迎える。
妙子は帽子のつばに手をかけながら尋ねる。
「他のメンバーたちは?」
志牟螺は淡々と応じた。
「韓国から密かに移動中です。予定通り、明後日には到着します」
「そうか……」
妙子は広いつばの帽子をかぶり直し、その姿はまるで決意を固めた戦士のようだった。
志牟螺が見慣れない光景の意図を尋ねた。
「なぜ、帽子を?」
彼女は軽く微笑んだ。
「不退転……とでも言っておこう」
志牟螺はその言葉に、目を輝かせながらつぶやく。
「ボス……」
後日、郡真県のある重厚な屋敷に、妙子の姿があった。
彼女の前には、威厳を漂わせた着物を着た年配の男性が座っている。
「当主の天美天仙じゃ。初めてお会いするかの?」
「……」
彼は妙子のことをじっと見据え、眉をひそめながら尋ねた。
「妙子さん……と言ったかね?確かに君の名は初めて聞いたが……どのようなご縁で?」
妙子は穏やかに微笑みながら応じる。
「天美家の遠縁にあたります。とはいえ、海外生活が長かったもので……お顔を合わせるのはこれが初めてですが……。」
妙子は、志牟螺から受け取っていた書類を天仙にゆっくりと差し出した。
「証明できるものは、こちら……。」
「確かに……天美家の一族のようじゃな……」
天仙は書類を確認し、少し首を傾げながらも、話を続ける。
「エストリア共和国で?医薬品会社のCEOを?」
「はい。アフリカの医療支援のために……。」
天仙は少しの疑問を抱き、尋ねる。
「今は?」
「任期が終わりまして……こうやって帰国を……」
「なるほど……身元は確かなようじゃな……」
静かな時が流れる。
そして、天仙が口を開く。
「それで?社会貢献をしたいと?それは一体何を?」
妙子は一瞬、笑みを深めた後、静かに語り始める。
「はい。実は、私立あかつき学園が経営危機にあると聞きまして……少子化と建物の老朽化の影響で、存続が危ぶまれているとのこと」
天仙は興味深そうに眉を上げる。
「ふむ……それで、資金が必要だと?」
妙子は堂々と頷いた。
「はい。私はこの学園に未来を感じています。だからこそ、資金を提供し、再生させるお手伝いがしたいのです」
天仙は一瞬考え込み、重々しく頷いた。
「なるほど……では、少しお話を聞かせていただこうか……」
妙子は静かに微笑み、まるで冷酷な計画の第一歩を踏み出したかのように、天仙に向かって丁寧に頭を下げた。
その背後には、志牟螺が控えており、冷徹な眼差しで妙子を見つめていた。
――そして、現在……地下研究所―
天美は思いから目覚めた。
志牟螺の方に振り返る。
「あれが、今の計画の始まりだった……そして、お前は夢を実現したな」
「はい……正確には|Yielding Ultimate Regenerative Individual《究極の再生個体を実現する計画》を……」
天美は少しほくそ笑みながら言った。
「|Yielding Ultimate Regenerative Individual《究極の再生個体を実現する計画》……YURI……」
その視線はクローンに向けられた。
「YURI……皮肉な合致だな……」
佑梨は無邪気な笑顔を見せながら、研究所内ではしゃいでいた。
「タノシイ!タノシイ!タノシイこと!」
志牟螺が天美に神妙に問いかけた。
「ボス?」
「奴に服を着せておけ。」
そして天美は感慨深げに、研究所の天井を見つめた。
「名を捨て……全ての礎を手に入れる……」
ここまでお読みいただき、ありがとうございます!
今回の章では、天美妙子の過去、そしてクローン計画"YURI"の核心に迫る展開を描きました。
また、過去の回想と現在の対比によって、彼女がどのようにして"計画"を推し進めてきたのかを明かしました。
次回、第40章ではさらに驚きの事実が明らかになります。
いよいよ物語は加速し、学園内の動きと地下の陰謀が交差していきます!
感想やコメント、今後の展開についての予想など、ぜひお聞かせください!
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次回の更新もお楽しみに!




