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第31章 憂鬱と発端の間(2025年2月8日改稿)

※2025年2月8日に改稿を行いました。


「私立あかつき学園 命と絆の奏で」をお読みいただきありがとうございます。

第31章「憂鬱と発端の間」では、物語の核心に迫る天美妙子の過去と、彼女が生み出した「ファウンデーション」の起源に焦点を当てています。

1995年、ニューヨークの研究室での出来事と彼女の画期的な発見「FR粒子」。これが彼女の人生を変え、後の陰謀と悲劇を引き起こす鍵となる描写が展開されています。

現代の天美が抱える悪夢と、過去の情熱的な研究の日々が交錯するこの章は、読者の皆様にとって物語の深みを感じていただける内容となっています。


どうぞお楽しみください!

生成室004で、天美は悪夢を見ていた。バイオリンと弓を握りしめたままだ。

傍には志牟螺がいて、その様子を黙って見ていた。

機械の動作音や音声がこだまし、モニターには複雑なデータが次々と表示される。

目の前の佑梨は、未だ眠ったままだ。

天美はつぶやく。

「ニューヨークでのあの日……」

「ボス?」


―1995年 ニューヨーク - ブライトウェル国際大学 研究室―


灰色の空が街を覆い、冷たい風が建物の隙間を吹き抜けていた。

ブライトウェル国際大学の一角にある古びた研究室。

机には無数の論文と資料、書き殴られた数枚のメモが無造作に広がっていた。

そして、ただ一つの分厚い本が輝きを放つように、大切に置かれていた。


『真空中における音波伝達』著者:エドワード・ゴールド・スミス――


その側に麻倉妙子の硬い表情があった。


「何も……見えてこない」


彼女の目の前には、複雑な数式と図表が書かれたノートが広がっている。

しかし、そこには答えの糸口どころか、何の進展も感じられなかった。


妙子は苛立ちと疲労が混ざったため息を吐き、髪をかきむしるように両手を頭に当てる。

日本の実家を飛び出してこのニューヨークにやってきたのは、「自分の理論を証明するため」だった。

だが、現実は甘くない。


異国の研究室に篭り続けても、新しい発見は見つからなかった。


「……私には、時間がないのよ」


「麻倉君、焦るな」

突然、部屋のドアが開き、一人の老齢の男が入ってきた。

灰色の髪、細い眼鏡、威厳ある佇まいが妙子を見つめる。


「下間教授……」


下間は彼女の散らかった机に目をやり、微かに笑みを浮かべた。

「研究は焦っても進まんよ。ふとしたことから、何か手がかりが見つかることもある。そういうものだ」


「そんなこと言ったって……」

妙子は立ち上がりかけてすぐに座り直し、不満げに呟く。


「君は優秀だ。だが、頭の中がパンパンじゃ何も見えてこない。たまには研究から離れてみることだ」


下間はそう言うと、懐からコンサートチケットを取り出し、彼女の前に差し出した。


「……コンサート?」


「クラシックコンサートだ。たまには音楽でも聴いて、頭をリセットしてくるんだ」


「こんなもので……」

妙子はチケットを受け取るものの、その顔には納得がいかないという表情が浮かんでいた。


「心を静めることが、新しい発見につながることもある。君なら分かるだろう?」


下間教授の言葉を背中に受けながら、妙子は小さくため息をついた。



夕方、ニューヨークの中心に位置する歴史あるコンサートホール。

煌びやかなシャンデリアと絢爛な装飾が施された建物は、クラシック音楽を愛する人々で賑わっていた。


「どうして私がこんなところに……」


チケットを片手に、妙子は渋々と客席に足を踏み入れる。

華やかな装いの観客たちの中で、自分の無機質な服装が場違いなものに思えたが、構わず空いている席に座り込んだ。


「時間の無駄……」


そう呟きながらも、目の前のステージにはオーケストラが整然と並び、指揮者が静かにタクトを構えていた。



演奏が始まった。柔らかな弦の音色、繊細なフルートの旋律がホール中を満たしていく。

妙子は座りながらも、頭の中には研究のことが離れない。


「やっぱり……無駄ね」


そう思い、妙子はポケットから携帯電話を取り出し、液晶画面に目を落とした。


だが、その瞬間――

 

ピシッ!――

 


液晶画面に突然、ヒビが走った。


「えっ……?」


妙子の目が見開かれる。

画面には無数の亀裂が広がり、操作不能の状態になっていた。


周囲を見渡すと、近くの客たちも小さく騒いでいた。

数人が携帯電話や腕時計を手に取り、何かおかしな様子を確認している。


「今、何か……?」


しかし、不可解な現象は数秒で収まったかのように見え、ホールは再び静寂に包まれた。

演奏は何事もなかったかのように続いている。


「なんなの、これは……」


妙子は再び割れた携帯電話の画面を見つめる。静かに、しかし心の中には奇妙な予感が広がり始めていた。


「これは……まさかな……」


携帯電話の画面に映る亀裂。

その背後には、何か大きな意味が隠されているような気がした。


妙子は目の前のステージを見つめながら、頭の中でいくつもの思考が交錯する。


「もしかしたら……」


新しい発見の“始まり”が、まさかこんな形で訪れるとは――妙子はまだ知らなかった。


それから半年後――


灰色の雲が低く垂れ込めたニューヨークの冬。

ブライトウェル国際大学の研究棟は冷え切っており、妙子が詰める研究室も例外ではなかった。


しかし、その部屋には異様な熱気が漂っていた。


実験装置の振動音と周期的な電子音が室内に響き、麻倉妙子は顕微鏡を覗き込みながら、膨大なデータを解析していた。

髪は乱れ、白衣の袖は煤けていたが、彼女の目には強烈な光が宿っている。


「……この数値……やはり収束している!」


パソコンの画面を食い入るように見つめ、何度もシミュレーションの数値を確かめる妙子。

その鬼気迫る姿に、研究室の奥に立っていた下間教授は息を飲んだ。


「……まるで別人のようだな」

下間は心の中で呟いた。


半年前、あのコンサートホールから戻ってきた彼女は、まるでスイッチが入ったかのように変わってしまった。

それまでの焦燥や停滞は消え、今の彼女は確信に満ちた目で未知の領域を切り開こうとしている。


「発見なんです!」


突如、妙子が顔を上げ、狂おしいほどの情熱で叫んだ。


「これがあれば……人類を救えるんです!」


その言葉に下間は驚き、しかし同時に、彼女の異様な熱量に圧倒されていた。


―数日後、同じ研究室。―

 

妙子は装置に向かって真剣な表情で実験を続けていた。

装置からは低い電子音と光が放たれ、データが次々とモニターに表示されている。

妙子の手元には、特殊な音階を再現するための機材があった。


「これだ!」

妙子がデータを凝視しながら声を上げる。


「この音階……微量ですが、未発見の粒子が発生しています!」


「なんだと……?」

下間教授が駆け寄り、モニターに映し出された数値を見つめる。


「これは……真空の影響を受けず、空間そのものを揺るがしている?」


妙子がすぐさま補足する。

「そうです、教授!この音階の作り出す振動が、微細な粒子――未発見の粒子を生んでいるんです。理論上、宇宙空間を飛翔することも可能かもしれません!」


「宇宙空間だと?」

下間は唖然としながらも、彼女の言葉の意味を飲み込もうとしていた。


「真空では粒子が分散してしまう――今までの常識だ。しかし、もしその粒子が音階によって生成されるなら……」


妙子の目が輝く。

「そうなんです。この謎が解ければ、宇宙飛行の概念すら覆す可能性があります!」


それからさらに数日後。


研究室内は、これまで以上に異様な緊張感と熱気に包まれていた。

妙子はモニターに映し出されたデータを凝視し、震える手で何かを掴んだ。


「教授!見てください!」


下間が慌てて彼女の隣に駆け寄ると、彼女が示したのは顕微鏡の先――そこには、微細な光を帯びた粒子が浮かび上がっていた。


「これは……」


「やはり!予想通り、音階の振動によって粒子が発生しています!」


「粒子……これは君の発見だな!」

下間は興奮を抑えきれない様子で、妙子の肩を軽く叩いた。


妙子はその粒子に向けて、微かな笑みを浮かべた。

「教授。この発見に名前をつける必要がありますね……」


下間が彼女の言葉に応じる。

「麻倉君。これは君の発見だ。名称は君がつけたまえ」


一瞬、妙子の瞳が揺れた。

自分の名前を刻む――

それは科学者として一つの証明であり、到達点でもある。


「教授……」


「遠慮する必要はない。これは君の功績だ」

下間教授の温かい声が、妙子の心に響く。


妙子は静かに顕微鏡から目を離し、視線を天井に向けた。


「音波が……宇宙を飛べる可能性……」


「何だって?」

下間が眉をひそめて彼女を見つめる。


「フォトニクスレゾナンス……」

妙子の声は、どこか遠くを見つめるかのように淡々としていた。


「フォトニクスレゾナンス?」


「光と音の共鳴現象です。この粒子こそが、その現象を証明する鍵なんです」


下間は深く頷いた。

「そうか……では、その名にちなんでFR粒子としよう」


「FR粒子……」


妙子は静かにその言葉を反芻した。


彼女の胸には、自分が見つけた新たな真理への高揚と、これから待ち受ける未知の未来への予感が渦巻いていた。


「FR粒子を発する音階……まさに特殊音階……だな……」


妙子は息を飲んだ。

そして呟く。

「最初の……特殊音階……A……」


そして、この発見が後に「ファウンデーション」の発端となるとは、この時の妙子はまだ知る由もなかった――。


その様子を見て、下間はつぶやく。

「功を急がなければ……良いのだが……」

いかがでしたでしょうか?第31章「憂鬱と発端の間」では、天美妙子の過去が明らかになり、彼女の行動や信念の背景が少しずつ見えてきたと思います。

FR粒子の発見や特殊音階の存在が、後に物語全体にどのような影響を与えていくのか、ぜひ注目してください。

また、彼女の情熱と苦悩が交錯するシーンを通して、科学者としての彼女の一面と、その先に待ち受ける陰謀の始まりを感じ取っていただければ幸いです。


次の章では、過去と現在がさらに絡み合い、天美を取り巻く世界の裏側が一層明らかになります。

引き続き応援をよろしくお願いいたします!

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