第22章 テニスコートの望郷(2024年12月18日改稿)
【注意事項】2024年12月18日に改稿しました。一部セリフや地文が修正されています。
こんばんは、サブサンでございます。
いつもお読みいただきありがとうございます!
第22章では、テニス部キャプテン明智冴姫の心情に焦点を当てたエピソードをお届けします。
彼女の内面に潜む葛藤や、父親との絆、そして家族の過去が少しずつ浮き彫りになっていきます。
また、冴姫が背負う責任や、彼女が大切にしているものにスポットライトを当てることで、物語全体に深みを持たせる試みをしています。青春と陰謀が交錯するこの物語の中で、彼女がどう立ち向かっていくのか——その一端を感じていただければ幸いです。
それでは、本編をお楽しみください!
昼休みの時間帯、静かなテニスコートには冴姫が一人で立っていた。
人の姿はまばらで、周囲は穏やかな静寂に包まれている。そんな中、冴姫は何かに取り憑かれたようにラケットを握りしめ、壁に向かってボールを打ち続けていた。
彼女のテニスウェアは、動きやすさとパフォーマンスを重視したデザインだ。
体にぴったりとフィットするコンプレッション機能のあるヘソ出しのタンクトップで、程よい圧迫が筋肉をサポートし、激しい動きでもしっかりと体を支えてくれる。
ウエストラインが見えることで、スタイリッシュさも際立つ。
テニススカートは動きに合わせて軽やかに揺れ、足元には専用のテニスシューズがしっかりと地面を捉え、コートでの安定したプレーを支えている。
パーン、パーン――
ボールが壁に当たって跳ね返り、再びラケットに戻ってくる。
その反復的な動作に、冴姫は何かを忘れようとするかのように集中していた。
彼女の表情は普段の鋭いものではなく、どこか物憂げで、迷いを抱えているように見える。
力強くボールを打ち返しながら、ふと、冴姫は足を止めて視線を落とした。
目を閉じて深く息を吐き出し、自分の中で葛藤を抱え込む。
「どうしたらいいの…私…」
小さくつぶやく声が静かにコートに溶け込む。
彼女の中で湧き上がる不安と悩みは、テニスの練習だけでは拭いきれない。
だが、今は何も考えず、ただ体を動かすことでその気持ちを押し込めるしかなかった。
再び壁打ちを始めながら、冴姫は自分自身の中にこだましている問いかけに答えを見出せずにいた。
「大海、カナ……私、戦えるのかな?白影高校の松平仙華さんと……お父さん……お母さん……」
冴姫の脳裏に、数日前の光景がぼんやりと浮かんでくる。それは、あの日の出来事が引き金となり、記憶の扉が開かれたかのように鮮明に蘇ってきた。
そう……小河佑梨の葬儀が行われた日の夕方のことだ。
あかつき市虹の坂にある明智家。そこは冴姫の父の会社である明智モータースでもある。
新車と中古車を取り扱い、市内の交通を支えるあかつきタクシーともメンテナンス契約を結ぶ地元に根付いた店だが、あの日は特別な空気が漂っていた。
いつもは賑わう店先に、警察のパトカーが一台静かに停車している。
店の受付には二人の警察官が立っており、その向かいには父の雄三郎が座っていた。
彼の顔には、不安と緊張が見え隠れしている。
一同は、壁に囲まれ、ただ一つの窓とドアがある応接室へ移動する。
そして、一同は向かい合って緊張の面持ちでソファに腰掛ける。
警察官がまず挨拶をする
「あかつき署、刑事課の東堂巡査です。こちらは同じく交通課巡査の小暮です。」
小暮巡査が口を開く
「早速なのですが……見つかりました…ですが…」
父の雄三郎が眉をひそめた。
「ですが?」
小暮巡査は低い声で言葉を続けた。
「盗難届が出ていた車両の一つですが…ひき逃げに使われたのです。犯人はまだ逃走中で…」
その言葉に、冴姫と雄三郎は息をのむ。重苦しい空気が店内に広がり、二人とも口を閉ざしたままだ。
小暮巡査がさらに言葉を続けた。
「南あかつき通りで乗り捨てられていました。霧島橋付近で事故を起こしたようで…」
その瞬間、冴姫は心臓が跳ね上がるような感覚を覚えた。「もしかして…小河佑梨さんの?」
東堂巡査は驚いたように彼女の顔を見て尋ねた。
「ご存じで?」
冴姫は頷きながら、視線を警察官からそらした。
「同じ学校なんです。直接の交流はなかったですが、…校内放送で……」
東堂巡査は頷いて、少し沈痛な面持ちで告げた。
「そうですか…私も詳しいことはわかりませんが、事故当時の映像や証言の調査が続いています。何かまたわかったことがあれば、連絡します。」
静かな緊張が店内を支配する中、冴姫は内心でさまざまな思いが渦巻いているのを感じていた。
続けて、小暮巡査が向かいのソファで無表情に告げる。
「ひき逃げについては、直接的な責任はありませんが…」
雄三郎は息を呑み、しばらく言葉を待った。隣で固唾を飲んでいる冴姫も、その続きを聞き逃すまいと神経を研ぎ澄ましている。
東堂巡査が難しげな顔をして告げる。
「ですが、複数の盗難車が店内から持ち出されたということで、会社の管理責任については世間からの目が厳しくなることも考えられます。」
その瞬間、雄三郎のスマホが音を立てた。ディスプレイに表示されているのは、「上杉陽三」の名前——あかつきタクシーの社長だった。ここで電話を取るべきか、数秒迷ったが、雄三郎は覚悟を決めて応答した。
「もしもし、明智です。社長さん、今回の件で…」
上杉の厳しい声がすぐに割り込む。
「明智さん!どういうことなんだ?ひき逃げに使われた車が、お宅の会社から盗まれたって聞いたが……」
「本当に申し訳ありません、あかつきタクシーさんにはご迷惑をおかけしました…」
雄三郎は低く頭を下げ、言葉に力を込めた。
しかし、上杉の口調は緩むことなく続いた。
「明智さん、長年の付き合いがあるとはいえ、こういった事件が出てくると、うちの会社の信頼にも影響が出かねない。契約の解除も考えなければならなくなるぞ」
冴姫は父の顔を見上げる。雄三郎は苦しそうに瞼を閉じ、深い息をつくと再び上杉に話しかけた。
「何とか信頼を取り戻せるよう、対策を講じてまいります。どうか…もう少しお時間をいただけないでしょうか」
「それについてはまだ考え中だが…お宅で問題がこれ以上広がらないようにしてくれ」
そう言うと、上杉は一方的に電話を切った。
息をつく暇もなく、雄三郎は冴姫の方へと顔を向ける。
だが、彼女はその場で立ち尽くしたまま、呆然とした表情を浮かべていた。
二人の巡査は何かを察すると立ち上がりながら、口を開いた
「では、今日はこの辺で…」
「何かありましたら…東堂まで…担当ですので。」
警察官たちが応接室から出て行くと、重苦しい沈黙が部屋に満ちた。外からはパトカーが遠ざかるエンジン音が聞こえて消えた。
雄三郎は肩を落とし、冴姫も何も言えずにその場に立ち尽くしていた。
事件の影響で、今後の会社の行く末が危ぶまれている——それはあかつきタクシーとの契約解除も含め、現実味を帯びて迫っていた。
そして、夜が訪れた。店が閉まり、静まり返ったリビングで、雄三郎と冴姫は再び向かい合って座っていた。
昼間から何度も沈黙が続いているが、夜の静けさの中ではその沈黙が一層、深く感じられた。
「…もし、これ以上経営が行き詰まったら…」
雄三郎はポツリと口を開いた。
「冴姫、テニスを続けさせてやれないかもしれない…」
冴姫はその言葉に心を締めつけられるような思いがした。何も言えず、ただ父の顔を見つめる。
雄三郎も、じっと冴姫を見つめ返し、沈黙が再び二人の間に落ちた。
雄三郎は肩を落として言う。
「あの日は忙しくて、お客さんの車に鍵をつけたままに…すまない……冴姫。」
「お父さん……」
ふと、冴姫と雄三郎の視線がリビングの小さな仏壇に向けられた。
そしてすぐに傍の壁に掛けられた一枚の写真に向かい視線が止まる。
それは黒い額縁に飾られた、微笑む女性の写真。
冴姫は写真を見つめながら、小さな声で呟いた。
「お母さん…私たち…どうすればいいの…?」
雄三郎も神妙な面持ちでつぶやく
「未姫…お前との会社……だめかもしれない…」
仏壇の前で冴姫と雄三郎は黙って手を合わせ、心の中でそれぞれの思いを巡らせていた。
雄三郎は思いを馳せていた。
「母さんは…いつも言ってたな「おきばりやす」って…だから頑張れたんだよな……」
冴姫もうなづいて同意する。
「良い微笑みだったね……」
そして現実に戻る
汗に塗れながら、黙々と壁打ちする冴姫。
「私……」
昼休みの終わりを告げるチャイムが静かに響き渡り、冴姫は汗を拭きながら、ラケットを持ってゆっくりと校舎に戻る道を歩き始めた。
冷えた風が頬に当たり、心のざわめきとともに汗が少しずつ引いていくのを感じる。
校舎の入り口には、昼休みを終えた生徒たちが次々と戻っていく。
その中には、神妙な表情で話し合っているひなた、京子、亮、大海、香菜子たちの姿があった。
みんな何かを抱えたように歩き、思案するような様子で足を運んでいる。
その姿を遠くから見つめながら、冴姫はぽつりとつぶやいた。
「言えないわ…みんなに…部員たちにも…」
心の奥で、伝えたいけれど伝えられない気持ちが小さく囁く。
それを押し込めながら、冴姫は校舎の中へと静かに足を進めていく。
心の中でつぶやきを漏らす。
「大海…わたしは……」
すると冴姫はスマホを手に取りメッセージを打つ。
「大海……お父さんの……会社が……」
一瞬、動きが止まる。脳裏に警察官と父のやり取りが蘇る。
手がブルブルと震え始め、冷や汗が吹き出した。
「大海やカナに……言えないわ……私だけで解決しなきゃ……心配かけちゃいけないわ……」
打ったメッセージを震える手で消去する。
そして、スマホを握りしめる。
そして、再び校舎に足を進めていたその時、ふと校舎の遠くの窓の一つに目が止まった。
「美術部?誰かいるわ……」
視線の先には2人の人影が見えた。
「あれは……」
すると冴姫は立ち止まり、再びスマホを手に取りメッセージを打つ。
スマホと人影に交互に視線を移している。
「大海?ちょっといい?美術部に……。」
メッセージを入力し終わると、送信ボタンを押した。
「こんなこと…してる場合じゃないのに……なぜ言えないの……」
最後までお読みいただき、誠にありがとうございました。
第22章では、冴姫が抱える問題や家族の絆が描かれました。
昼休みのテニスコートで一人練習に打ち込む彼女の姿からは、彼女の強さと弱さ、そして誰にも言えない孤独が垣間見えます。
一方で、彼女の父・雄三郎との会話や、母・未姫への思いが、冴姫の背景に色濃く影響を与えていることも浮かび上がりました。
また、ラストでの美術部の人影は、この先の展開において重要な伏線となるでしょう。
次回以降、冴姫がどのように成長し、どんな行動を起こすのか——ぜひ注目してください!
感想やコメントをいただけると、今後の執筆の励みになりますので、ぜひお気軽にお寄せください!




