第11章 追悼。そしてレクイエム(2025年2月8日改稿)
※2025年2月8日に改稿を行いました。
こんばんは。いつもありがとうございます。
この章では、佑梨の死をきっかけに、学園の日常と非日常が交錯する瞬間を描きました。
登場人物たちの喪失感や、それに伴う彼らの行動を通じて、悲しみの中にも新たな決意や絆が芽生える様子を描写しています。
特に音楽が持つ力を物語の中心に据えることで、人々の感情がひとつに繋がる感動的な場面を作り出しました。
また、天美の冷酷な決意が物語のさらなる波乱を予感させます。
この章が皆様の心にどのような印象を残すのか、楽しみにしています
佑梨の葬儀が終わった夕方。
橙色に染まる夕日が、あかつき学園の屋上を包んでいる。
日曜日の校庭。ボールを打つ音が響き渡る中、女子テニス部員たちがラリーの練習をしている。
「キャプテン、今日は用事だって?」
「うん、家の都合らしいよ。でも、練習メニューはしっかり書き置きしてくれたみたい。」
「真面目だよね、鬼キャプテンは。」
「真面目すぎてちょっと怖いけどね。」
「あーあ、裏庭でサボりたいなあ。」
「やめなよ。キャプテンが帰ってきたら怒られるわよ。」
部員たちの笑い声が響き、日常的な練習風景が広がっている。
また、別の場所では、サッカー部の男子たちが、軽いパス練習をしながら話をしている。
「大海?亮の奴、今日は来ないんだっけ?」
「うん、家の手伝いだってさ。さすが寺の息子。」
「大変だなあ。お寺って、急な用事が多いって聞くしな。」
「ま、たまには仕方ないか。けど、亮がいないとチームが締まらないんだよな。」
大海と呼ばれた、赤毛の部員は、パスを受け取りながら口を挟む。
「アイツの代わりに俺が頑張るからさ!」
「お前キーパーだろ!」
冗談を言い合いながらも、パスの音がリズムよく響いている。
そして、校舎裏のトラックでは、陸上部員たちがスプリント練習をしている。
「副キャプテン、今日は休みだっけ?」
「そうそう。なんか、着物モデルの仕事を引き受けたらしいよ。」
「へえ……陸上部のエースが着物ねえ……似合うのかな。」
「きっと似合うだろ。わかんないけど。」
部員たちは息を切らしながら笑い合い、走り続ける。
空にはまだ夕日が昇り始める前の柔らかな光が差し込んでいる。
―そして場所は変わり、校舎の屋上―
地平線に沈む光は、校舎の影を長く引き伸ばし、冷たい風がフェンスを揺らしていた。
渡瀬はギターを抱え、静かに弦を弾き始める。
「小河さん……あなたは……私の……希望だった……。」
音色は柔らかくも哀愁を帯び、まるで佑梨への想いを奏でるかのようだった。
「小河さん……なぜ……。」
彼女の演奏は。規則正しいが、時折情熱をも感じさせる。
その音は屋上から風に乗り、校庭や校舎の中へと広がっていく。
すると、屋上から校舎に続く扉が突如開いた。
「先生!」
そこには、息を切らせた一人の男子生徒がいた。
渡瀬は驚き、ギターの弾く手を止める。
「光明寺くん?」
「はい!駿介です!先生……その演奏……。」
駿介はトランペットを手にしており、息を切らしながら渡瀬に声をかける。
「先生……俺にも、吹かせてください。」
渡瀬は一瞬だけ駿介を見つめると、静かに頷く。
「小河さんのために、奏でて……。」
駿介はフェンスの近くに立ち、唇をトランペットに当てる。
夕焼けの中、ギターの旋律に寄り添うようにトランペットが響き始める。その音色は寂しげでありながらも、力強さを秘めていた。
やがて、屋上の扉が開き、また、一人の男子生徒が駆け込んできた。彼の手にはギターケースがぶら下がっている。
「兄さん!俺も!」
「大介……。聞いてたのか?」
大介はギターケースを開き、鮮やかなアコースティックギターを取り出すと、渡瀬の隣に並ぶ。
二人のギターが絡み合い、トランペットと調和していく。渡瀬はその音に身を委ねるように弾く手を止め、指揮を取り始めた。
「光明寺くんたち……ありがとう。」
校庭がざわめき始める。
校庭には、日曜日の練習で汗を流していた運動部の生徒たちが、突如響き渡る奏でに、あちこちに視線を移していた。
「何だ……?この音……?」
「どこだ!?」
「どこから聞こえる?!」
音楽がクライマックスに近づいたその時、もう1人、女子生徒が静かに屋上の扉を開けた。
渡瀬は女生徒に目をやりながら、呼びかける。
「また、光明寺さん?兄妹揃いぶみね!」
大介がギターを弾きながら言う。
「悦子!お前も来いよ!」
「お兄ちゃんたち……私も一緒に!」
悦子は両腕でハープを支え、足早に兄たちのもとへ駆け寄ってきた。
彼女は夕日に照らされながらハープを構え、繊細な音色を奏で始めた。
その音はトランペットやギターと溶け合い、空気に透明感を与えるように響く。
そこで、ようやく校庭では、1人のサッカー部員が音色がする方向に気付き、指差して叫んだ。
「あそこだーっ!」
「屋上だ!」
「大海!あそこだぜ!」
「なんだ!?」
彼らの視線の先には、3人の生徒たちが、演奏を続ける姿があった。
それは、佑梨に捧げる鎮魂の響きのように聞こえた。
「吹奏楽部の……」
「三兄妹……」
そして、光明寺兄妹の演奏が佳境に入ると、吹奏楽部の他の部員たちが楽器を抱えて次々と屋上に集まってきた。
彼らは自然な流れで演奏に加わり、徐々に壮大な音楽が屋上を満たしていく。
渡瀬が声を張り上げた。
「みんな!合わせていこう。これは小河さんへの……鎮魂歌!」
楽器の音色は一つにまとまり、夕暮れの静寂を打ち破るように響き渡った。
その音は校庭や教室、さらには学園を囲む町の空へと広がり、聞く者の胸に深く刻まれる。
その音色は、美術部のアトリエにも届いていた。
窓辺に立つ斉藤は演奏の方向を見つめる。
「この音色……君のための音楽なんだね。」
彼の視線の先には、輪郭のぼやけた少女が描かれたキャンバスがあった。
彼は視線を外に向けた。
そして、窓を開け、音楽に耳を傾ける。
「僕は……。」
一言つぶやくと、キャンバスに戻り、再び筆を握る。
何かへの想いが筆先に込められ、新たな絵が描かれ始める。
それは、彼女の姿と音楽の響きが調和した情景を映し出すものだった。
―その頃の校門にて―
学園の門をくぐり抜けた黒いスポーツカーが校内を駆け抜け、駐車場に停まった。
ガルウイングのドアがゆっくりと開く。
車から降りたのは理事長の天美だった。
彼女は遠くに聞こえる音楽を耳にし、屋上の方角をちらりと見やる。
「無駄なことを……。小河佑梨にはもう価値はない。いや、お前たち自身にも……そもそも、価値などないのだ……」
天美は屋上を見上げながら、上着の上から、内ポケットの柔らかい感覚に触れる。
「だが……これには価値があるのだ……。」
天美は冷淡に呟くと、屋上には目もくれず理事長室へと向かう。
その目には冷酷な光が宿り、何かを決意したかのような表情を浮かべていた。
音楽が終わると、屋上には静寂が訪れる。
風が冷たく吹き抜け、渡瀬は静かに空を見上げる。
「ありがとう……みんな。この音楽はきっと、彼女に届いたはずよ。」
光明寺兄妹と部員たちは頷き合いながら楽器を片付け始めた。
「先生……。」
それぞれが演奏の余韻を胸に刻み、夕闇が迫る中で屋上を後にする。
渡瀬は最後に一人残り、佑梨の面影を胸に思い描きながら、ギターをもう一度弾き始めた。
「小河さん……。」
そして、理事長前についた天美。
ドアノブに手をかけながら、ドアのロック部に視線をやる。
ガチャッ――
軽い金属音とともに、ロックが開く。
天美はドアノブを回しながらつぶやいた。
「取り戻す……Dを……。」
夕方の校舎には、悲しげで、かすかなギターの響きがこだましていた。
最後までお読みいただき、誠にありがとうございました。
書き終えて、渡瀬のギターを中心に描かれたこの章が、物語全体の転機となると感じています。
彼女の音楽に惹かれて集まる光明寺兄妹や部員たちの様子は、友情や絆、そしてそれぞれが佑梨を想う気持ちを強調するものとなりました。
一方で、天美の行動や台詞は、物語に新たな緊張感を与えています。
音楽という温かみのある要素と天美の冷徹さとの対比を楽しんでいただけたら幸いです。
この章の感情的な高まりが、物語全体にどのような影響を及ぼすのか、引き続きご期待ください。




