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第10章 途切れた旋律

今回の物語は、静けさの中に潜む不穏な空気を描きながら、より深い謎と繋がりを明らかにします。

この章では、佑梨の事故を追うひなたの視点と、それに絡む新たな登場人物たちが描かれます。

警察署での事情聴取や、そこに浮かび上がる防犯カメラの矛盾が、ひなたをさらに混乱と不安へと引き込んでいきます。

そして、夕暮れの街を進むひなたの背後で、新たなプレイヤーが動き始める――少女と中年男性の登場により、物語は次なる局面を迎えます。

本章では、「正義」と「信頼」を問いかけると同時に、ひなたの感情の揺れ動きが深く掘り下げられています。

日曜日の昼下がり、あかつき署の建物は平日より静かだった。

通りにはあまり人影もなく、柔らかな日差しが射し込む中、ひなたは少し緊張した面持ちで署の入り口に立っていた。


「ごめんください、碧唯ひなたです。小河さんの事故のことで……」


受付で伝えると、若い警察官が迎えに来て促す。

「こちらへどうぞ」

ひなたは重い足取りで署内の廊下を歩き、事情聴取のための小部屋に案内された。


部屋の中には二人の警察官が待っていた。

「今日もお越しいただき、ありがとうございます。東堂です。」

東堂は短髪で精悍な顔立ちをしており、冷静な目つきが印象的だ。

その手に差し出された身分証には「あかつき署 刑事課巡査 東堂俊介」とある。

 

「こんにちは。もう一度、落ち着いて話してくださいね。、あの日の事を……」

もう一人も身分証を差し出しながら言った。少し柔和な雰囲気で、ひなたに丁寧に挨拶をした。

身分証には「あかつき署 交通課巡査 小暮謙三」


ひなたは二人と向かいあって座る。

少しの沈黙の後、東堂が静かな口調で口を開く。



「碧唯さん、今日はお時間いただいてありがとうございます。少しお話を伺いますので、リラックスしてくださいね」


「はい……」


ひなたが返答する。

小暮が持っていたファイルを広げ、資料を確認しながら質問を始めた。

「まずは、当日のことをもう一度聞かせてもらえますか?」

小暮がノートを手に取り、優しい口調で問いかけた。


「はい……小河さんが……。夕方の……霧島橋で……何かから逃げるように走っていて、それから……車が突っ込んで……」


ひなたは、事故当日の光景を思い出しながら言葉を絞り出した。両手をぎゅっと握りしめ、声が震えていた。


「小河さんは何かに怯えているように見えました。それに、車が急にスピードを上げて……まるで、狙っていたみたいに……」


東堂は腕を組み、じっとひなたの言葉に耳を傾けた。


「なるほど……その車の特徴について覚えていることはありますか?」


「はい……黒い車でした。とても速くて……車種は、私にはわからなくて……」


ひなたの声が途切れると、小暮が静かにうなずきながら口を開いた。


「ありがとう。君が話してくれることは、とても重要だよ。ただ、正直なところを言うと……橋の防犯カメラには、詳細な映像が残っていなかったんです」


ひなたは驚き、思わず顔を上げた。

「映像が……ない?」


東堂が資料を広げながら説明を続けた。

「防犯カメラの位置が悪かったんだ。霧島橋の歩道を映すカメラは工事の影響で、ちょうど視界が遮られていた。」

 

ひなたは事故当時を思い出してつぶやいた。

「そうだ……あの時……歩道が工事中で……」


 東堂の説明が続く。

「それに……車道のカメラも遠くから撮影されていて、はっきりと車のナンバーや運転手の顔を確認するのは難しい状態なんだ」


「でも、他のカメラには映っていないんですか?」

ひなたは焦りを滲ませながら尋ねた。


小暮が資料を手に取りながら答える。

「橋はダメでした。」

「橋が?他には?」

 「……南あかつき通りの複数の防犯カメラには、事故の後に霧島橋付近を走っていたそれらしき車両が映っていました。ただ……ここも映像が不鮮明でね。ナンバーが判読できるような状態じゃないんです」


「それじゃあ……その車は、今どうなっているんですか?」


ひなたの問いに、小暮は一瞬ためらった様子を見せたが、落ち着いた声で答えた。

「現在、該当する車両を調査中です。ただし、まだ見つかっていません」


「持ち主は……わかっているんですか?」

ひなたの目は真剣そのものだった。


東堂が視線をひなたに向け、冷静な口調で言った。

「それは、調査上の秘密だ。詳しいことはお話しできない。申し訳ないけれど、君にはお待ちいただくしかない」


その答えに、ひなたは思わず唇を噛んだ。

そこに小暮の言葉が重なる。

「あくまで、可能性ですが、単純に慌てて帰宅をしていたという事も考えられます。橋は歩道が工事中だったみたいですし……急ごうとして……。」

 

警察が真剣に捜査をしていることはわかるが、何も進展していない現状に、やるせない気持ちが募る。


「……それじゃあ、私は……何をすれば……」

ひなたの声は、どこか力なく響いた。


小暮が優しい目でひなたに言葉をかけた。

「君は何も悪くないし、むしろこうして話をしてくれて助かっています。あとは私たちに任せてほしい」


東堂も静かにうなずいた。

「心配しなくていい。ただ、ひとつだけ。何か新しい情報を思い出したり、気になることがあったら、すぐに連絡してほしい」


ひなたは小さく頷き、答えた。

「はい……わかりました」


警察署を出るころには、午後の日差しが傾き始めていた。ひなたは歩きながら、何度も考えを巡らせた。

「防犯カメラには何も映っていない……?そんなはずはないのに……」


ふと、佑梨の事故の瞬間がフラッシュバックされる。

「あれは……事故じゃない……何かある……」

 

そして、佑梨の悲劇を伝える2日前の校内放送を思い出していた。

「昨日、一年生の小河佑梨さんが、不慮の事故で亡くなられました……なお、ご家族のご心情に配慮し、葬儀には、私理事長が代表として出席を…」


ひなたは、沈痛の面持ちでつぶやく。

「小河さん……。お別れ……言えなかった……。」

ふと握りしめていたスマホを見下ろした。画面には京子とのやりとりが映っている。

「信じてくれる人はいる。京子、そして亮……。今夜…… 二人に話してみよう」

そう心に決めると、ひなたは静かに息をついた。


ひなたが警察署を後にし、沈みかけた夕日の中を歩き出した。

夕暮れの町は静かで、どこか物寂しさを感じさせる。

頭の中では、佑梨の恐怖に怯えた表情や、警察の言葉がぐるぐると巡っていた。


「あれは……事故じゃない……そんな気が……」


足元を見つめながら歩くひなたの横を、一台の白いバンがゆっくりと通り過ぎる。

しかし、ひなたはそれに気づくことなく、雑踏の中へ足を踏み入れていく……。


バンは警察署の前で静かに停車した。

ドアが開き、短髪でしっかりとした体格の中年男性が運転席から降りると、助手席から少女が続いて降り立つ。

彼女はダークブラウンのボブカットが目を引き、背筋が伸びた堂々とした立ち姿が印象的だった。やや高めの身長に引き締まった体格、そして鋭さとけだるさが入り混じったような目つきは、まるで人を射抜くかのような妖艶さを漂わせていた。


少女は車の側面に書かれた「地域を信頼で結ぶ。明智モータース」のロゴにそっと手を触れ、不安げな視線を中年男性に向けた。


「お父さん……見つからないの?」

その声はどこか冷静で落ち着いていたが、その裏に焦りの色が見え隠れしていた。


男性は短く「……まだだ」と答えた後、視線を警察署の入口に向ける。


その時、署の中から東堂が現れた。

「明智さん、お待ちしておりました。こちらへどうぞ」

東堂の案内に、父娘は黙って頷き、署内へと歩みを進めていく。

少女の表情にはわずかな緊張と不安が滲んでいたが、それを隠すように唇を引き締めている。


扉が閉じ、署内に入った二人を見送るように、夕暮れの光が白いバンのロゴを照らしていた。

ひなたの小さな背中は、すでに雑踏の中へと消えていた。

最後までお読みいただき、誠にありがとうございます。

今回の「途切れた旋律」という章名には、ひなたが追い求める真実が未だ遠く、不明瞭なものであることを象徴的に表現しています。

彼女が直面する警察の限界、そして防犯カメラという現代社会の象徴的な「目」の死角が、物語にさらなる現実味を加えています。


一方で、中年男性と少女の登場は、新たな伏線として物語に緊張感をもたらしています。

彼らの目的や立場が明らかになるにつれ、ひなたの追求と交錯し、物語はさらなる深みを見せることでしょう。


ひなたの葛藤と決意、そして彼女を取り巻く環境の不穏さが、物語全体の「根幹」となるテーマに一層の厚みを加えています。これからの展開をどうぞお楽しみに。

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