朝(後編)
「……ごめんなさい。私はこういう状況に、慣れていなくて……。ナディアさんが困るなら、聞かなかったことにしてください」
ソフィアはそう言って頭を下げた。ナディアが彼女の手を握る。
「ソフィア様のお気持ちは分かります。私も、若い頃にレンディから嫁いできた身ですから」
「レンディ……? あの南西の港町ですか? 漁業が盛んで、特に赤頭魚がよく取れる……」
ソフィアはパッと顔を上げた。ナディアが不思議そうな顔をする。
「そうですよ。ソフィア様は、レンディを訪れた事があるのですか?」
「はい。……実は子供の頃に、レンディに向かう船に間違って乗ってしまって。船の中で、漁師の方に見つかったんですけど……その方と仲良くなることができて、沖まで船を出してもらったんです。赤頭魚を持って上機嫌で家に帰ったら、日暮れまで何をしているんだって、両親からこっぴどく怒られました」
「まあ。意外とお転婆な方だったのですね」
ナディアがクスクスと笑い出す。その場の空気が和らいで、ソフィアは安堵の息を吐いた。
「そうなんです。ここに来るまで、気を使われたことなんて1度もなかったんですよ。だからナディアさんも、私には気楽に接してください。私はその方が嬉しいので」
「分かりました。……さ、ソフィア様。お食事が冷めてしまいますよ。そろそろお食べください」
ナディアがソフィアに笑いかける。子供をたしなめるような言い方に、彼女は慌てて背を伸ばした。
「はい。ありがとうございます、ナディアさん」
無理を言っていることは分かっている。それでも付き合ってくれるナディアに感謝しながら、ソフィアは食事を口に運んだ。
「……美味しい」
食べたことのない食材が多く使われているが、どれも上品な味わいで食べやすい。ソフィアは特に、魚に香草を詰めて焼いたものが気に入った。夢中で食事を続けていると、皿の上になっている料理はあっという間になくなった。彼女は少し物足りない気持ちになりながら、ナプキンで口を拭った。
「気に入っていただけたようで何よりです。……おかわりも持ってきましょうか?」
「い、いえ! 大丈夫です!」
ナディアが温かい笑みを浮かべてソフィアを見ている。彼女は顔を真っ赤にして、首を横に振った。
「そうですか。では、お皿をお下げいたします」
食べ終わった皿を台の上に戻して、ナディアは台を動かした。ソフィアは椅子から立ち上がって、部屋の扉を開けに行く。
「ありがとうございます、ソフィア様」
老女は主人に頭を下げて、部屋の外へと出ていった。