一難去って(中編)
オルグレン城の応接間は、謁見の間をも兼ねている。小国の王は誰であれ、客人として迎え入れるのだと。ソフィアは以前、父親からそんな話を聞いたことがある。
「まずは新年おめでとう。リベリオとソフィアと、それから……」
オルグレンの国王が、ソフィアの背後に控える2人に目を向ける。2人は同時に胸に手を当てて、そのまま深々と頭を下げた。
「お初にお目にかかります。私はベラ・アッシャー。ソフィア様の護衛です」
「私はナディアと申します。ソフィア様の身の回りのお世話をするために、皇帝陛下から遣わされました」
国王が目を白黒させる。無理もないとソフィアは思った。2人の態度は明らかに貴人に対するものだが、彼女の父親はそんな扱いをされたことは1度もないのだから。
「……そ、そう。ご丁寧に、どうもありがとう。……ウチの娘には、世話係を付ける必要はないけれど……」
「違いますよ、お義父さん。彼女は世話係の名を借りた、裏の護衛です。表だけでは対処できないような時に、帝国が密かに動かす駒。ただの召使いではありません。その証拠に、彼女は人並外れた暗殺の腕を持っている」
リベリオが、目を光らせて話に加わる。
「そしてそんな人間を連れているということは、皇帝はソフィを手放す気は無いという事。つまりこれは、僕に対する挑戦状だ」
「うん、多分それは違うと思うよ」
国王が真顔で言い返す。ソフィアは何と言えばいいか分からなくて、黙ってお茶に口をつけた。
「何が違うんですか! ソフィアを大事にしていないくせに、逃げないように周囲を固めて! 皇帝は彼女の事なんて、道具としか思っていないんでしょう!!」
リベリオが叫ぶ。国王は冷めた目をしていた。
「そりゃあ、ウチみたいな弱小国じゃあねえ。帝国にも皇帝にも、何を返せるわけでもないし。でも、大事にしていないことはないと思うよ。彼女は王宮を出た時から、何も変わっていないように見える。ソフィアは帝都でも、自由に生活できているはずだ。それが分かっただけで、父親としては満足かな」
彼はソフィアの方を見て、優しい口調でそう言った。ソフィアはようやく、家に帰ってきたのだという実感が湧いた。リベリオが悲しそうな顔をする。
「……でも、僕にはそれが耐えられない。帝国がオルグレンに兵を置いてくれていれば、今回のような事件は防げただろうに……」
その言葉を聞いて、ソフィアが目を泳がせる。彼女は申し訳なさそうに、小さな声で話し始めた。
「あ、あのね。それは私が断ったの。平和なオルグレンに、武装した兵隊が沢山来るのが嫌で。こんなことが起きるなんて、全く思いもしなかったから」
国王とリベリオが目を見開く。それはそうだと、ソフィアは思う。
(私が皇帝陛下に愛されているなんて、誰も思いもしないわよね)