朝(前編)
翌日。早朝に、ジルヴェストは目を覚ました。
「……もう朝か。王宮に戻る時間だな」
眠るソフィアの額に口づけて、彼は彼女を置いてベッドから出た。
「行ってくる」
その言葉を残して、彼は部屋を出ていった。扉の外で待機していた老メイド……ナディアが黙って頭を下げる。彼女は彼が立ち去るのを見届けてから、扉を開けて室内を見た。ソフィアがベッドに横になった状態で、寝返りを打つ。そしてゆっくりと目を開けた。
「……あれ?」
ジルヴェストがいない。その事に気づいて、彼女は首を傾げた。ナディアが入り口から声をかける。
「おはようございます、ソフィア様。お疲れではありませんか? もう少し、お眠りになっていてもよろしいかと」
「い、いえ! 大丈夫です」
ソフィアは慌てて起き上がろうとした。ナディアが彼女の下に歩み寄って、その体を押さえる。
「陛下と同衾なされた後です。お体は労らなければなりませんよ」
ソフィアは顔を真っ赤にして、口をパクパクとさせた。
「そ、そ、そんな――」
ナディアが不思議そうな顔をする。ソフィアは勢いに任せて叫んだ。
「ち、違います! 私と陛下は、ただお話をしていただけで! そ、その、そういうことはしていません!!」
「まあ」
ナディアが目を丸くする。彼女はソフィアの体を押さえていた手を離して、深々と頭を下げた。
「それは申し訳ありません。勘違いで、失礼なことを言ってしまいました」
「い、いえ。そう思われるのは、当然ですよね。ただ、その……ジルは私のことを気遣って、何もしないでくれたんです。流石というか、何というか……」
頬を赤らめて、ソフィアが話す。ナディアは穏やかな笑みを崩さずに、彼女の話を聞いていた。
「ええ、そうでしょうとも。陛下は公正な王であり、素晴らしい人格者です。ソフィア様が嫌がるようなことはなさらないでしょう」
その言葉に、僅かな違和感を覚えて。ソフィアは一瞬、戸惑った。ナディアはそのことは気にせずに、顔を上げて問いかける。
「お腹は空いていらっしゃいますか? 差し支えなければ、朝のお食事をお運びしますが」
「あ、ええ、はい。お願いします。……というか、自分で取りに行きますよ?」
「いいえ。これは私の仕事です。どうかお任せくださいませ」
ソフィアはベッドから出て、扉に近づこうとした。そんな彼女を静止して、老女が告げる。
「ご安心ください。私は老いてはおりますが、まだ体は動かせます。そうでなければ、陛下に仕事を任されることはありません」