夜(後編)
「……陛下は、どうして私に会いたいと……?」
「……そうですね。貴女は表情がコロコロと変わって、見ていて飽きないのです。ですから、できるだけ長く……貴女のことを、見ていたいと思いまして」
ソフィアが遠慮がちに問いかける。ジルヴェストは、平然とした表情で答えた。その答えを聞いたソフィアは、諦めたように息を吐いた。
「……そうですか」
帝国に来たときから、驚くことだらけだ。その中でも、今の状況が最も信じられない。大陸全土を支配する、エリアス帝国の皇帝。顔を合わせるのも初めての相手に、抱きかかえられて一緒に眠る。こんなことになるとは、故郷を出立した時は思いもしなかった。
「陛下にそう言って頂けるのはありがたいことですが、私はただの田舎娘です。陛下のご期待に添えるかどうかは……」
「期待、ですか? ……貴女はただ、私の側にいてくださればいいのです。それ以上のことは望みません」
ジルヴェストが笑顔で告げる。ソフィアはその表情を見て、目を細めた。
「……分かりました。陛下が私に飽きるまで、黙ってお付き合いします」
ジルヴェストは、その言葉を聞いて笑みを深めた。彼女は人質だ。彼に従う以外の選択肢など、初めからない。そんなことは、彼にも当然分かっている。
(それでいい)
エリアス帝国は、700年以上の歴史を持つ強大な国だ。その国の皇帝である彼は、完璧な王でなければならない。
(分かっている。……だが、このくらいのことは許されるだろう)
新たに属国となった小国。そこは特に資源もなく、特産物も存在しない。手に入れたことすら意識していなかった国。けれど、ソフィアの故郷だと思うだけで興味が湧く。そんな自分を不思議に思いながら、彼は彼女の耳元で囁いた。
「……オルグレンでは、どのような暮らしをしていたのですか? 差し支えなければ、教えて下さい」
「そうですね。私は、5人兄弟の末の子で……上に2人、お兄様とお姉様がいます。先にお話したように、私は外で遊ぶのが好きで……夕方まで遊び歩いて、傷だらけで帰ってくるような娘でした。オルグレンが帝国に併合された時も、本当は私より上のお姉様がたの方が妻として相応しいという話だったのですけれど……。お姉様は既にご結婚なされていましたから、私が嫁ぐことになりましたの」
「それは……私にとっては、とても運の良いことでしたね。こうして貴女に会えたのですから」
ジルヴェストが楽しそうに笑う。ソフィアはそんな彼には気づかず、遠くを見るような眼差しで、昔のことを話し始めた。