いつもとは違う夜
「それでは、私はこの辺りで失礼します。私がここに来たことは、ジル以外には話さないようにしてくださいね」
シェリルは最後にそう言って、席を立って部屋を出た。ソフィアは彼女を見送った後に、部屋に戻ってため息をついた。
「……私には何も出来ないのね」
母国を守ることも、ジルヴェストの力になることも。どちらも今の彼女には不可能なことだ。無力感に苛まれたまま、彼女は外に目を向けた。日が傾いて、ゆっくりと沈んでいく。普段なら、もうすぐジルヴェストが訪ねてくる頃だ。
(でも、今日は流石に来られないでしょ)
彼女がそう思った瞬間に、扉が外から開けられた。そして疲れた顔のジルヴェストが、無言で部屋に入ってくる。
「……何で?」
ソフィアは間の抜けた声を出した。皇帝が彼女に覆い被さるように抱きついて、低い声で囁きかける。
「……何だ。俺を待っていてくれたのではないのか」
「だって、シェリル様から聞いたもの。ジルは忙しかったのでしょう。……私のせいで」
ジルヴェストが目を細める。彼はソフィアの肩に顔を埋めて、掠れた声を出した。
「お前のせいだと? シェリルがそんなことを言ったのか。お前は何も悪くない。悪いのはネリーナとその家だ。……そんなことより、今夜も俺と共に寝てくれ」
「……ダメよ。これ以上、私に関わったりしたら……ジルの立場が悪くなるでしょ。今日は1人で……」
言い返そうとしたソフィアの口を、彼は自分の唇で塞いだ。彼女は目を見開いて絶句する。ジルヴェストは楽しそうに笑って、彼女の頬に手を添えた。
「お前に拒否権はない。悪いがこれは決定事項だ。逆らえばオルグレンも滅ぼすぞ」
彼は本気だ。それを察して、ソフィアが悲しそうな顔をする。
「……ジルは怒っているの?」
「少しな。……言っておくが、お前にじゃない。ネリーナの甲高い声が耳障りで、気分が悪くなったんだ。犯行を自供したこと自体は良かったんだが、ついでとばかりにお前のことを悪し様に罵られて……人の目が無ければ手が出ていた」
彼は吐き捨てるように告げた。ソフィアが苦笑を浮かべて、彼の背中に腕を回す。
「ありがとう。私のために怒ってくれて。でもいいの。私はどんな風に言われても、あんまり気にはしないから」
彼の体から力が抜ける。柔らかな声が、彼女の耳に届いた。
「……本当に、お前は出来た女だよ」
「……そうでもないと思うけど。私がこんな気持ちでいられるのは、ジルに愛されてることを知っているから。……どんなにあなたに愛されたくても、決して愛されなかった人に。私は何も言えないだけよ」
ソフィアは少し困ったような、寂しそうな顔で。そんなことを呟いた。