表と裏
「それでは、行きましょうか」
ジルヴェストが笑顔で手を差し出す。ソフィアは目を伏せて、その手を取った。
「……はい」
扉を開けた先には、長い廊下が続いていた。ジルヴェストが彼女の手を引いて、廊下の奥へと進んでいく。入り組んだ道は、1度通っただけでは把握できない。彼女はただ、彼に付いていくことしか出来なかった。その道中で、彼が彼女に話しかける。
「ところで……見たところ、お1人で来られたようですが。世話係は、必要なのでは?」
「いえ。私は王女とは名ばかりの田舎娘ですから、自分のことは自分で出来ます。他の方の手を煩わせるようなことはありませんので、お構いなく」
ソフィアはそう言って胸を張った。そんな彼女の顔を見て、ジルヴェストが笑い出す。
「……貴女は面白い方ですね。ですがここは、貴女の国ではありません。世話係のいない妃など、前代未聞にも程があります。私の顔を立てると思って、世話係が付くことを受け入れていただけませんか?」
笑顔で圧をかけられて、ソフィアは思わず頷いた。
「そ、そうですか。じゃあ、お言葉に甘えて……」
「ええ、お願いします」
ジルヴェストが立ち止まる。彼は真横にある扉を開けて、ソフィアの方に視線を向けた。
「ここが貴女のお部屋です。少し狭いかもしれませんが、居心地の良さは保証しますよ」
ソフィアは部屋に入って、ゆっくりと周囲を見回した。落ち着いた内装で、家具も一通り揃っている。彼は少し狭いと言ったが、それは帝国基準の話。実家の自分の部屋と、広さはほとんど変わらなかった。不満など、あるわけがない。けれどそんなことを言ったら、また笑われてしまうと思って。彼女は言葉を飲み込んだ。
「……ありがとうございます。こんなに素敵なお部屋で暮らせるなんて、思いもしませんでした」
「それは良かった。世話係については、後ほどご紹介しますので……。今日はゆっくりお休みください」
彼はそう言って扉を閉めた。1人になった彼は、王宮に戻る途中で。ソフィアのことを、思っていた。
(……オルグレンか。さぞ穏やかな国なのだろうな。あのような女が育つのだから)
今日、新しい妻が来ることは知っていた。彼女を案内しようと思ったのも、ただの気まぐれだ。けれど、今はそうして良かったと思う。直接話をしなければ、彼女の魅力には気づけなかっただろうから。
(あの女には裏がない。話していて楽しいのは、価値観が違うからだろうか。……分からないな。ただ、今晩は……彼女の部屋を、訪ねてみよう)
彼はそんなことを考えながら、上機嫌な様子で歩いていった。