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ジルヴェストの過去

彼は幼い頃から落ち着いていた。聡明で(たくま)しく、同年代の子供たちと比べても大人びている。そんな彼の周囲には、いつでも人が集まっていた。


「ジルヴェスト様は、相変わらず落ち着いていらっしゃいますね」


「それどころか、あの年でもう剣術の方は完璧で、アッシャー家の子息でも(かな)わないそうですよ」


「ミルワード家の話によれば、勉学の成績もとても良いとか。帝国の将来は安泰ですな」


「本当に……。あの方は、神に愛されているのやもしれません」


遠くから、そんな話が聞こえてきて。ジルヴェストは深いため息をついた。自分の周囲に(むら)がる貴族の息子や娘たちを押しのけて、彼は1歩引いた場所にいる少女に声をかける。


「アディ! すまないが、バルコニーまで付き合ってくれ。少し息苦しくなってきた」


彼に呼びかけられた少女……アドレイド・コンドレンは、苦笑を浮かべてその手を取る。そして2人の子供たちは、優雅な足取りでバルコニーに向かって歩いた。


「あなたらしくもないわね、ジル。あの程度で、わざわざ私を頼るなんて」


「そう言うな。今日は朝から天気が悪くて、少し気が滅入(めい)っていたんだ」


小さな声で会話しながら、2人はバルコニーにある屋根の下で向かい合う。その側に、いつの間にか。同じように会場から抜け出してきた、オスカーとシェリルが立っていた。


「お疲れジル。確かに、今にも雨が降りそうね。こんな日にバルコニーに出るなんて、よほど夜会が嫌だったの?」


「……そうだな。変わり映えのしない景色に、普段と同じような会話。嫌気がさしているのは事実だよ。俺が皇帝になったら、絶対に回数を減らしてやる」


その言い方に、他の3人は思わず吹き出してしまった。今の皇妃である彼の実母は人と話すことが好きで、お茶会や夜会を頻繁(ひんぱん)に主催している。それなのに。


「息子がこんな様子じゃあ、正妃様も苦労するだろうな」


「……別にいいだろう、たまに夜会を抜け出すくらい。普段はお母様の意を()んで、大人しくしているんだから」


笑いながら口を開いたオスカーの言葉に、ジルヴェストは不機嫌そうな顔で返す。そんな2人の間に、シェリルは笑顔で割って入った。


「まあまあオスカー。ジルも正妃様の思いは理解しているのだから、少し休んだら会場に戻るでしょう。わざわざこんな肌寒い場所を選んだのは、気温を理由にして戻りやすくするためでしょうしね」


その言葉に、ジルヴェストは何とも言えない顔をする。コンドレンとミルワード、そしてアッシャー公爵家。幼馴染の友人たちも、家の(しがらみ)からは逃れられない。


(そして、俺も……)


生まれた時から、彼は次代の皇帝となることが決められていた。もちろん、その道を進むと決めたのは彼自身。それでもこんな日は、どうしても気が重くなる。


(……まだまだ未熟な証拠だな。こんなことを考えるとは)


彼の側にいる人間に、帝国と関係のない者などいない。大小の差はあっても皆、皇帝の力と彼を切り離して見るようなことはしない。それが分かっていても、彼はついつい、夢を見てしまう。どこかに、皇帝ではない彼自身を見てくれる。そんな人間がいるのではないかと。


(そんなことは、天地が逆さまになったとしてもありえないが)


そう思いながら、彼はそっと上を見る。分厚い雲に覆われた空はまるで、彼の心情を映し出しているようだった。

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