鍔迫り合い(後編)
男爵の言葉は少し騒がしくなった室内でもかき消されることなく、周囲にいた者たちに届いた。それまで黙っていた公爵が、真顔になって口を開く。
「やはり貴方には見えているのですね。今の帝国を取り巻く状況が」
「見えていない方など、ここにはいらっしゃらないでしょう」
「さて、それはどうでしょうな。今、貴方への不満を声高に叫んだ者たちは、少なくとも理解などしていないでしょう。事によればそれは、アルヴァード国と繋がっているのではないかと疑われるような……そんな態度なのだということは」
公爵が口の端を笑みの形に歪めて告げる。男爵は渋い表情になった。
「あのようなことを、本気で言っているわけがないでしょう。ただの軽口ですよ。真剣に対応した方が馬鹿を見ます」
「……そうですか。では男爵に免じて、そういうことにしておきましょう。しかし勿体ないですね。貴方であれば、中央に来ても十分やっていけるでしょうに……故郷に籠もって、このような時にしか来ないというのは」
伯爵が笑い含みに言う。その言葉に、男爵は眉間のシワを深めた。
「勘弁してください。毎日こんな調子では、こちらの心が保ちません。オルグレンで牛や羊と向き合っている方が、まだマシです」
その言い草に、ジルヴェストはとうとう笑い出した。よりにもよって。
「帝国の両輪を、家畜と並べて比べるか。豪胆というか何というか」
「礼儀知らずなだけですよ。こんな人間を、中央に置いてはおけないでしょう」
「いや? 俺は面白いと思うがな。流石はソフィアの父親だ」
心の底から楽しそうに、そんなことを言い出す彼に。ソフィアは堪らず、口を挟んだ。
「ジル。そのくらいにしておいて。お父様は本当に、王宮には馴染めない人だから。田舎に引きこもっていたいっていうのは本音だし、その方がお父様にとっても良いと思う。……私もそうだけど、ここは本来、自分が居るべき場所じゃないって……。どうしても、そう思えてしまうのよ」
その言葉は彼女の本心から出たものだ。そう察して、ジルヴェストは彼女の腰に腕を回して引き寄せる。
「そうか。お前がそこまで言うのなら、男爵を引き止めることは諦めよう。……だが、お前にはここに居てもらうぞ。俺の子を……クリスを産んだお前は、もう俺から離れることはできない。一生、ずっと。俺の妻として、側にいてくれ。俺の可愛いソフィア……」
後半は彼女の耳元で、少女だけに聞こえるように囁いて。皇帝は嬉しそうに笑っていた。少女はそんな彼を見て、諦めと呆れが混ざった表情でため息をつく。夜も更けて、夜会は終わりに近づいていた。