鍔迫り合い(前編)
「田舎者は所詮、その程度か」
「いや。コンドレンとミルワードが、事前に根回しをしていたのかもしれんぞ。見ろ、あの2人を。寵姫の周りを囲んで、目を光らせている」
「結局は両家の手の上だな。なんとも虚しい話だが」
周囲から、そんな言葉が聞こえてくる。ソフィアは不満げな顔をしたが、男爵は何事もなかったかのように笑っていた。
「コンドレン公爵とミルワード伯爵か。オルグレンにも、流石にその名は聞こえていたよ。僕のような田舎貴族には及ぶべくもない、素晴らしい方々だと」
「ご謙遜を」
少し遠くから、笑い含みの声が聞こえてくる。シェリルとアドレイドが真顔になった。靴音を響かせながら歩いてくる2人の男。ソフィアもその顔は覚えていた。かつて故郷に帰った時。王宮に戻ったソフィアを出迎えたジルヴェストの後ろで、渋い表情を浮かべていた貴族たち。
「貴方は以前、ご息女に非の打ち所がない手紙を持たせていらっしゃった。今のお言葉にしてもそうです。あえて皆の前で宣言されたのは、この後の面倒事を減らすため。700年以上もの長きに渡って続いていたのは、何も帝国だけではありません」
左側にいる貴族――ミルワード伯爵が、男爵に鋭い眼差しを向けて言った。男爵はその言葉を聞いて、困ったような笑みを浮かべる。
「買いかぶり過ぎですよ。オルグレンが平和だったのは、そこに何もなかったからです。資源もなく、人もいない。そんな国に兵を送り込んでも、徒労に終わるだけだと誰もが知っていたから……だから帝国も、オルグレンが自分から恭順を求めてくるまで放っておいたのでしょう?」
「そうですね。……資源はともかく、人は隠されていただけのようですが」
「娘のことですか? 親の私が言うのもなんですが、この子はいつも無鉄砲で無軌道な、手のつけられない我儘娘でしたよ。そこを気に入っていただけたというのはありがたい限りですが、私としては少々物好きすぎると思いますがね」
あんまりな言われように、ソフィアが抗議しようとして口を開く。だが、彼女が何かを話す前に、それまで黙っていた公爵が言葉を発した。
「我々が話しているのは貴方のことです、オルグレン男爵。なぜ今、この時だったのですか。ご息女の年だけの話ではないでしょう」
そう言われて、初めて男爵は真顔になった。彼は諦めたように目を伏せて、とても小さな声で呟く。
「アルヴァード国が北東でずっと抵抗を続けていたナルジェイル族を破って、大陸の半分を手に入れましたから。帝国もこれからは、周囲の国をできるだけ手に入れようとするでしょう。その前に先手を打てば、少なくともオルグレンだけは守ることができると……そう思ったのだと答えれば、あなた方にも納得していただけるでしょうか」