夜会当日(後編)
「……すみません。少し、よろしいですか」
そこに、硬質な声が割り込んでくる。ソフィアはハッとした顔で、声の主に視線を向けた。
「……ジル。どうしたの……?」
ジルヴェストは皇帝としての顔で、彼女を見た。その目に気圧されて、少女が口を閉ざす。男爵は目を細めて、ため息をついた。
「……私に、何か?」
「大したことではありません。……どうしても貴方に、聞いてみたいことがあったのです」
「それは?」
「貴方がクリスを……貴方の孫を、オルグレンで引き取って育てたいと思っているのではないかと……」
皇帝は真剣な顔で、とんでもないことを言い出した。ソフィアと父が、同時に同じ顔をする。呆れきった表情。
「どこの誰が、そのようなことを申したのです。我が娘ですか?」
「私が言うわけないじゃない。そんな馬鹿なこと、考えもしなかったわ。クリスの継承権が残っている状態で、王宮から離して育てるなんて。そんなことをしたら周囲からどう思われるか、分からないわけないんだから」
その言葉に、周囲がざわめく。アドレイドとシェリルは、会心の笑みを浮かべていた。ジルヴェストが感情の読めない瞳で、2人を見る。
「では、オルグレン男爵は……クリスティアンのことを、放っておくおつもりですか」
「そうしなければならないでしょう。田舎貴族でも、物事の道理は承知しています。クリスティアン様が、私の孫に当たるとしても。彼を教育するのは、私の仕事ではありません。……陛下はそんなことを確かめるために、私をお呼びになったのですか。このエリアスへの恭順を望み、娘を人質として差し出したのは、他でもないこの私だというのに」
男爵は深々と息を吐いた。その視線が、ソフィアの方に向けられる。
「この子は外に飛び出して、日が暮れるまで遊び回ることが好きな子供でした。そんな娘が、国のために帝国の後宮に入ることを選んでくれた時、私は本当に嬉しかった。そこに自由などないと知りながら、娘は選んでくれたのです。その思いに答えずして、何が王です。何が父親ですか。オルグレンに余計な争い事を持ち込めば、娘の犠牲は無駄になる。それを知っているのに、自分の欲得のためだけに行動を起こすほど、私は愚かではありません」
男爵の言葉が、大広間に反響する。ジルヴェストは思わず、ソフィアの方を見た。彼女は嬉しさと懐かしさが混ざった視線を、実の父親に向けている。その姿を見て、皇帝はようやく実感した。誰が相手でも真っ直ぐに物を言う少女の気質は、彼女が父から受け継いだ美点の内の1つなのだと。