夜会当日(前編)
そして、当日。月が雲に隠された暗い夜に、そのパーティーは開かれた。
「ソフィア様。今日はよろしくお願いしますね。……さあアーサー。貴方もソフィア様にご挨拶を」
10才くらいの、小さな子供の手を引いて。アドレイドは、ソフィアの部屋を訪ねてきた。子供が感情の見えない瞳で、ソフィアを見上げる。
「初めまして、ソフィア様。僕はアーサー。アーサー・コンドレン・エリアスです」
ソフィアは既に、ナディアによって飾り立てられた後だった。だから膝を折って目線を合わせることは出来なかったけれど、それでも彼女は精一杯の誠意を込めて言葉を返す。
「初めまして、アーサー様。私はソフィア・オルグレン。あなたのお母様には、とても良くしていただいています」
アーサーと名乗った少年が無言で頷く。少年はその後で背伸びをして、ソフィアの傍らに置かれている小さなベッドを覗き込んだ。
「その子が、気になりますか?」
「気にならないと言えば、嘘になります」
少年は端的に答えた。アドレイドが目を細める。
「アーサー。その子はまだ幼いのですよ。あまり驚かせてはいけません」
「大丈夫ですよ、アドレイド様。あの子、意外と肝が据わっているんです。……もしかしたら、母である私よりも」
ソフィアが苦笑を浮かべて口を開く。赤子は興味深そうに、少年の目を見返して笑っていた。
「お待たせしました、ソフィア様」
その時。部屋の扉が開いて、シェリルが入ってくる。ソフィアは覚悟を決めて立ち上がった。
「……行きましょうか」
少年がベッドから離れる。ソフィアは手を伸ばして、赤子を抱き上げた。シェリルとアドレイドに挟まれる形で、彼女はそのまま歩き出す。アーサーは母親に手を引かれる形で、彼女たちに付いていった。後宮を出て王宮に入り、4人はそのまま大広間に向かって進む。大広間では、既に夜会が始まっていた。
(……さて。そろそろか)
シャンデリアの明かりに照らされた大広間で、大勢の人に囲まれていたジルヴェストが目を細める。広間の扉がゆっくりと開いて、子供を連れた女たちが入ってくるのと同時に。彼はそちらに足を向けた。
「ジル……」
少女のか細い声が、静まり返った大広間に反響する。彼女は少し、気後れしているようだった。そんな彼女を安心させるために、彼はあえて、普段と同じように話しかけた。
「よく来てくれたな、ソフィア。アディと、シェリィも。……それに、アーサー。お前も元気そうで、何よりだ」
アドレイドの手を握っている少年の方に視線を向けて、皇帝は笑みを深める。少年は深々と頭を下げて、淡々とした声で返した。
「ありがとうございます、お父様。これも全て、お父様のおかげです」