己の価値、周囲の評価(前編)
「あら。そんなことはないでしょう。貴女には、素敵なお父様がいらっしゃるのではなくて?」
楽しそうに笑って。アドレイドは、ベッドの側に椅子を置いた。彼女はその椅子に、背筋を伸ばして優雅に座る。シェリルが黙って、もう1つの椅子をその向かい側に移動させた。そしてその椅子に腰を下ろしながら、彼女が告げる。
「そうね。王宮がこんなに混乱しているのに、オルグレンにそれが伝わっていないわけはないもの。あなたのお父様は、あなたが男の子を産んだことを知っても、何もしないでいてくださった。おかげで揉め事が大きくなることもなかったし、私たちもジルを説得する時間を作れたの。本当に、いくら感謝しても足りないわ」
ソフィアはその言葉に、面食らったようだった。何度かまばたきをして、彼女がゆっくりと口を開く。
「……でも、それは……評価していただけるのは嬉しいのですが、私には普通のことだと思えます。いくら男の子でも、まだ赤子ですし……この子を担ぎ出しても、何もできないでしょう。ただただ、周囲を混乱させるだけです。そんな愚かなことを……」
「ええ、そうね。そんな愚かなことを、そうと気づかずにしてしまう者が、この世には大勢いるのです」
アドレイドが笑顔のままで切り捨てる。ソフィアはその返しを聞いて、黙ってしまった。シェリルはそんな彼女を見て、苦笑を浮かべる。
「残念ながら、中央に近かろうが遠かろうが、人は自分の欲に弱いものです。目の前に機会が転がり込んできた時、一瞬立ち止まって、周囲を見渡すことができる。それは得難い資質であり、ソフィア様のお父様が備えていらっしゃる美徳ですわ。どうか覚えておいてください、ソフィア様。あなたを育んだ環境は、とても素晴らしいものだったのだと」
2人は本気で話している。そのことは、ソフィアにも伝わってきた。彼女は帝国の社交界を知らない。それでも彼女たちがそう言うのなら、それは正しいことなのだろうと思った。そこで。
「……驚きました。お2人がそこまで、オルグレンとお父様を評価していてくださったなんて……」
彼女は初めて、自分の価値を自覚した。と同時に、ふと考える。
「……ジルも、そう思ってくれているんでしょうか」
その名を聞いて。アドレイドとシェリルは、複雑な表情になった。シェリルがため息と共に言葉を吐き出す。
「……あの人はどちらかというと、ソフィア様が好きなものを好きになっているのではないかしら。もう、今からソフィア様がどんなに変わっても、それも可愛く見えると思うわ。……そういう人なのよ。良くも悪くも」