【閑話】 オスカーとその家
コンドレンとミルワードが帝国の両輪と称されるように、アッシャー公爵家は古くから、皇帝の剣と呼ばれてきた。そのアッシャー家の次男。オスカー・アッシャーは、王宮の1室で部下からの知らせを受け取っていた。
「……そうか。ソフィアちゃんの子は、無事に生まれたんだね」
「はい」
「それで、性別はどちらだったの?」
「それは分かりません。医師も口を閉ざしており、聞き出すことが出来ませんでした」
「居合わせた召使いは? お産には人手が必要だし、1人くらいは口を滑らせそうな子がいるんじゃない?」
「それが、陛下はナディアを使っていたようで……外に話を漏らすような者は、1人も居ないのではないかと」
部下が口にした名を聞いて、オスカーは目を細めた。
「……そう。ジルヴェストはついに、そこまでするようになったんだね」
ここ最近の彼の態度の変わりようは、王宮内でも噂になっている。
『陛下は側妃に入れあげて、皇帝としての務めを疎かにしている』
そんな話が、ひそひそと囁き交わされるようになって数日。貴族たちは真剣な顔で、アドレイドとコンドレンのどちらに付くべきかという話をしていた。当の2家は、まだ動いてもいないというのに。
(多分娘が止めているんだ。アドレイドとシェリルは、ソフィアちゃんの味方だから)
後宮にいる幼馴染たちの顔を思い浮かべて、オスカーは苦笑した。
(確かに僕も、ソフィアちゃんのことを信じたい気持ちはある。だけど今のジルヴェストを、放っておくわけにもいかないし……)
アッシャー家(と、その分家であるエッシャー家)は両方とも、皇帝に剣を捧げている。何があろうと揺らがない絶対の忠誠心を持つ彼らは、今のジルヴェストにとっては最も頼れる存在なのだろう。
(まあ、僕はそこから外れたけれど)
オスカーは部下を下がらせて、大きな鏡の前に立った。アッシャー家に生まれながらも、皇帝への忠誠を誓う騎士ではなく。ジルヴェストという男の永遠の友として生きることを、彼は自分に定めている。
(なあジル。僕はお前のことが好きだよ。……だからこそ、今の状況は許せない。お前はソフィアちゃんのことしか、見えていないのかもしれないけど……。皇帝は、それではいけないんだ。そんなこと、お前が1番よく知っているだろうに)
服を着替えて、髪を結う。オスカーがやることは前と同じだ。女装して、後宮内に入り込む。
(お前が望まなくとも、僕はソフィアちゃんに全てを伝える。……まあ、放っておいてもアドレイドやシェリルがやってくれるとは思うけど。僕はこのまま、何もしないでいることはできないから)
そう思いながら、彼は準備を終えて部屋を出た。その足は迷わず、後宮に向かう。ジルヴェストがナディアを使っていることは、彼にとっては都合が良かった。何故なら彼はいつも、その名を借りていたからだ。後宮の見張りは、疑問も抱かず彼を通す。そうして彼は、友人たちの下へと向かった。