表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

150/226

訪れし波乱の日(後編)

その日の夜に、ソフィアは急に苦しみだした。ジルヴェストが、すぐに医師を呼びつける。予定より早い出産に、彼女の部屋は上を下への大騒ぎになった。バタバタと人が行き交う足音を耳にして、少女が目を開ける。彼女は側にいる皇帝を見て、安心したような笑みを浮かべた。


「……ジル……ふふ、おかしいの……皆、大変そうにしてるのに……私はこうして、ただ寝ているだけだなんて」


「ソフィア。お前が1番大変だろう。子を産むということは、決して楽なことではない」


それは常に命の危険と隣り合わせになる大仕事だ。彼女とて、察していないわけがない。それでも。


「……大丈夫。私なら、平気よ……?」


そう言って微笑んだ彼女は、ジルヴェストにとって誰よりも美しいと思えた。彼はベッドの側で膝をついて、彼女の手を握ってやる。


「ソフィ……俺の愛しい妻……。俺はここにいる。お前の側に、ずっと。たとえ何があろうとも……」


彼女の息づかいが聞こえてくる。少しずつ荒くなっていくその音を耳にして、彼はその手を握る力を強めた。周囲の喧騒(けんそう)が大きくなる。温かなお湯が用意されて、清潔なタオルがその横に並べられた。その時は、もうすぐそこまで(せま)っている。


「……う、あ」


ソフィアが苦しみ始める。医師が生まれてくる子を受け止めようとして、その手を差し出した。


「……ああ……っ!」


やがて。彼女が大きく息を吐き出すと同時に、医師は赤子を取り上げた。その体を清めながら、医師が小さな声で告げる。


「おめでとうございます、陛下。ソフィア様も。立派な男の子が、お生まれになりました」


その瞬間の喜びと、それに(ともな)う緊張を、ジルヴェストは生涯忘れないだろうと思った。


「……間違いなく、男か」


「はい。ソフィア様に似た、小麦色の髪の男子でございます」


医師は密やかな声で答えた。室内がしんと静まり返っている。この部屋で(いそが)しく働いていたのは、全てナディアだ。ジルヴェストは愛する女とその子供を守るために、その力を振るっていた。


「分かった。このことは、口外するな。コンドレンとミルワードにもな」


ジルヴェストの命令を聞いて、その場にいた者たちは一斉(いっせい)に頭を下げた。少し落ち着いたソフィアが、不安そうな表情で彼を見る。


「ジル……? どうしたの? 赤ちゃんに、何かあったの……?」


「いいや、何も。何もないとも、可愛いソフィア。元気な男の子が産まれたそうだ。良かったな」


皇帝はそう言って、少女に笑いかけた。彼女が安堵の息を吐く。


「……そう。良かった……」


そうして彼女は目を閉じた。その寸前に。彼が表情を消して、医師に何事かを指示していたことには気づかずに。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ