【閑話】 王宮に広まる噂話
その話は次第に王宮内に広まっていき、コンドレン公爵やミルワード伯爵の耳にも入った。2人は同時に、事の真偽を確かめようとして執務室に向かう。けれど公爵が執務室に入った時には、もうそこにジルヴェストは居なかった。机の上に置かれた決済済みの書類を見つめて、伯爵が呆然とした顔で呟く。
「……まさかとは思いますが、手を抜いてはいないでしょうね」
公爵は無言で書類を取り上げて、1枚ずつ確認していった。やがて、その目を書類に向けたまま、彼は淡々とした声で言う。
「特に変わった所はないな。皇帝としての仕事は、普段通りに終わらせたのだろう。ジルヴェストは元から、優秀な男だった。今までは、その日の仕事を終わらせても、何かと理由を付けて残っていたものだが……今の彼には、愛する妃がいるからな。早く帰りたくなるのも分かるというものだ」
公爵が確認し終えた書類を丁寧に揃えて、机の上に置き直す。伯爵はその様子を横目で見ながら、小さな声で問いかけた。
「貴方はどう思われますか。あの噂。真実だと、断定しますか?」
「難しいところだな。なにせ、噂の出処はアドラムだ。王宮にも顔を出せるほどの者ではあるが、奴の本質はあくまでも商人。真偽不明の話を餌にして高額な品を売るのは、奴が最も得意とする商売方法だからな」
公爵は顔色を変えずに答えた。その答えは、伯爵が予想していた通りのものだ。
「……それでは、もし。あの話が真実で、ソフィア様が皇帝の御子を妊むようなことがあれば……」
「娘であれば問題はなかろう。姫として、適切な教育を受けさせるだけだ。お前の家が主導で探せば、教育係には困るまい。……問題は、男子が生まれた時だな。アドレイドの子と競わせるか、それとも事前に継承権を放棄させるか……」
「何を言っているんです。それは当然、放棄させるべきでしょう。他の家ならまだしも、昨日今日、貴族の席に座っただけの……辺境国の王などに、皇帝の実父になられては困ります」
伯爵は目を細めて、冷たい声音で切り捨てるように告げた。公爵が無表情で、後宮のある方角に視線を向ける。
「なるほどな。それは道理だが、妃が納得すると思うか?」
「納得させるしかないでしょう。妃も、皇帝も。どうにもならなかった時は、最終手段を取るだけです。……我々は、帝国の存続を第一に考えなければなりません。他の何を犠牲にしても。違いますか?」
「……違わないな」
公爵は、態度も口調も平静だ。その姿に、伯爵は少し安堵する。いざとなれば、彼は迷わず決断することができるだろう。そして、その時は。自分もまた、覚悟を決める必要があると。伯爵はそう考えていた。