雀のいない朝
そうして長い夜が明けて、窓に立てかけられた板の隙間から、太陽の光が差し込んでくる。ソフィアはゆっくりと目を開けた。
「ぅん……ジル……?」
意識が覚醒していく。それと同時に、彼女は顔を真っ赤にした。
「あ、えと、その。わ、私、昨夜はとても恥ずかしいことを言ってたような……」
覚悟はしていた。けれどその行為は、彼女の想像を超えていた。そして、もう1つ。
「ジルの方は、何だか凄く、慣れてたけど……」
彼女は隣りにいる男を見つめた。先に起きていた彼は、少女の照れと疑いが混ざった視線を受け止めて、平然とした顔で口を開く。
「当たり前だろう。俺は皇帝だ。その責務には当然、妻と共に寝ることも含まれている。……まあ、お前があまりにも愛らしい反応を見せるものだから、昨夜は俺もやり過ぎたが」
「っ! ば、馬鹿! もう朝なんだからね! 本当、ジルって……!!」
ソフィアが瞳に涙を浮かべて、怒りながらジルヴェストの体を叩く。その手には、全く力が入っていなかった。やがて、彼女が疲れて手を止めたところで。彼は柔らかな笑みを浮かべて、その耳元で甘く囁く。
「すまなかったな。次からは、もっと優しくしてやろう」
少女はその言葉に、更に顔を赤くした。
「あ、あのねえ……! そんなこと言ってるんじゃなくて……! もう!! いいから仕事に行きなさいよ! 昨日は私の護衛選びに付き合ったせいで、本来の仕事が進んでないんでしょ!」
甲高い声で、少女が喚く。彼はその様子を、不思議な気持ちで見つめていた。
(女の騒ぐ声ほど、煩わしいものもないと思っていたが。可愛いソフィアに、心配されるというのは……これはこれで、いいものだな)
慣れていると、彼女は言った。彼女の目からは、そのように見えたのだろう。けれど実際は違う。彼にとって、昨夜は初めての体験だった。義務感だけで、作業のように進めていた行為の全てが。愛する人と一緒に行っているというだけで、抗いがたい熱を伴っていたのだから。
「……今は、お前と離れたくないんだが……」
彼は頭に浮かんだ言葉を、そのまま口に出した。それもまた、初めてのことだった。彼女といるだけで、彼は欲が増えて、人並みになっていく。
「……っ、もう、馬鹿。いいから行って。……どうせ今夜も、あなたはここに来るんでしょ。私だって、待ってるから。……全くもう、こんなこと言わせないでよね」
少女がジト目で皇帝を見る。そんな目を向けてくる人間を、彼は他に知らない。ただ、彼女だけが特別なのだと。そう実感しながら、彼はため息と共に言葉を吐き出した。
「……そうか。仕方がないな。お前がそこまで言うのなら、行ってくる。どうか俺を待っていてくれ、ソフィア」