騎士の自覚と主の独白(後編)
「……ううん。それはどうなんでしょうねえ」
ソフィアの言葉を聞いたマノンが、渋い表情で口を開く。彼女は腕を組んで、考え込んでいる様子だった。
「だってジルヴェスト様は、エリアスの皇帝陛下ですよ。何の打算もなく近づく人なんていないでしょう。もしも、ありのままの陛下に惹かれた方がいたとしても。何の見返りも求めず、ただ愛だけを欲しがる方なんて居やしません」
そこで言葉を切って、彼女はソフィアの方を見た。尊敬と憧憬の混ざった視線が、少女を射抜く。
「ソフィア様のような方は、他にはいらっしゃらないんですよ。故郷で生活しているご家族も含めて、誰も何も欲しがらないような人は」
マノンは帝都で生まれて育ち、王宮に上がった娘だ。貴族の世界には縁遠くとも、そのやり口と性格くらいは知っている。
「……だから、アッシャー中将が仰っていることは正しいんです。他のお妃様から死を願われているのは、本当はカトカ様ではなく、ソフィア様の方なんでしょうから」
冷めた声音で、彼女が告げる。ソフィアは震える両手を握りしめて、彼女の目を見返した。
「だから、敵、だと?」
「はい。アタシたちにとっては、そうです。でも、ソフィア様までそんなことをお考えになる必要はありません。敵だと思えなければ、それでもいい。あなたの思いを変えないまま、あなたを守る。それがアタシたちの役目ですから」
マノンは目を逸らさずに言い切った。ソフィアと彼女が、しばし見つめ合う。その膠着を破ったのは、ジルヴェストの言葉だった。
「……なるほどな。アッシャー公爵が推薦するわけだ。言いにくい事でも伝えられるのは、長所とも取れるが……」
彼はため息をついて、ソフィアの体を抱き寄せる。そしてマノンから隠すように、抱え込んだ。
「どうにもお前は、余計なことを言いすぎるきらいがあるな。……少し離れていろ。ベラ、頼む」
「分かりました」
ジルヴェストの言葉に頷いて、ベラがマノンを連れて部屋から出ていく。扉が閉まって、2人きりになった室内で。ジルヴェストはソフィアに、心配そうな眼差しを向けた。
「……ソフィア。あまりマノンの言葉を気にしすぎるな。お前には俺が付いている。絶対に、危険な目には遭わせない」
「……それは……そういうことじゃ、ないんだけど」
ソフィアは暗い顔のまま、ジルヴェストの方を見た。そして言葉を選びながら、ゆっくりと話す。
「私だって、ジルに色んなものを貰っているわ。少しだけど、外に出られる許可と……ナディアさんやベラさんのような、護衛の人たち。オルグレンには、騎士様まで派遣してもらっているもの。だから、その。何も望んでいないとは、言えないと思うの」