騎士と騎士見習い(後編)
「さて、それでは早速……」
「き、今日はいいじゃないですか! ね、ね?!」
ベラがマノンを見据えて、キラリと瞳を輝かせる。マノンは慌ててソフィアに縋った。ソフィアは戸惑い顔で、マノンとベラを見比べる。
「ええと、そうですね? 今日は色々あって、マノンさんも疲れていらっしゃると思いますし……訓練の方は明日からでも」
「しかしソフィア様。少しでも早くマノンの能力を上げて、カトカ様の周囲を護らせなければならないでしょう」
ベラが毅然とした態度で言い返す。ソフィアは言葉に詰まった。そんな不毛なやり取りに、ジルヴェストが呆れ顔で口を挟む。
「まあ、そう焦るな。カトカの意識が戻らない内は、マノンを護衛として紹介することも出来ないし……いざとなれば、護衛として付いた後も指導を続けることはできる。カトカの部屋の隣は、空き部屋になっているからな。ソフィアの護衛をナディアに任せて、お前が一時的にその部屋に移ればいい。そのくらいの融通は、利かせてやろう」
「……そうですか。分かりました。陛下がそのように仰るのなら、今日のところは大目に見ます」
ベラが真顔で頭を下げる。マノンは安堵の息を吐いた。ソフィアが心配そうな顔で彼女を見る。
「……あの。私は今のままのマノンさんでも、実力は十分だと思いますよ。もしもベラさんの指導が負担になるなら……」
「ああ、いえ。その辺りは大丈夫です」
マノンが苦笑を浮かべる。彼女はソフィアの目を見ながら、ハッキリと言った。
「アタシにだって分かってますから。今のアタシでは、専門の訓練を受けた暗殺者には適わないこと。……まあ、カトカ様がそんな相手に狙われることがあるとは思えませんけど」
そこで言葉を切って、彼女は真剣な表情を見せる。その目は、ベラと同じ。覚悟を決めた、騎士のものだった。
「でもね、アタシは……他でもないあなたに、アタシの剣を捧げたんです。カトカ様でも、陛下でもありません。アタシの主はソフィア様。こんなに弱音を吐いても全然叱らない上に、そうやって心配してくださる人です。あなたのお役に立ちたい。そのために頑張りたいって、アタシは本気で思ってる。だから気にしないでください。……どこにも行けない、あなたのために。アタシは目一杯、働きますから」
その覚悟に。ソフィアは圧倒されて、何も言えなくなってしまった。そして同時に、彼女は思う。
(マノンさんの献身に、私は何を返せるんだろう。私自身は、何も持ってはいないのに)
騎士は見返りを求めない。そんなことは知っている。それでも気にしてしまうのが、ソフィアの悪い癖だった。