男の意地(後編)
「……ちぇっ。デスクワークばかりで、体が鈍っていると思ってたんだけどなあ」
オスカーが少し悔しそうに呟く。ジルヴェストは無言で剣を下ろした。ソフィアが慌てて、彼に駆け寄る。
「ジル! 大丈夫だった? どこも怪我してない?」
「ああ、心配ない。だからそんな顔をするな」
彼は少し嬉しそうに、笑みを浮かべて言った。その後ろで、ため息をついているオスカーに。公爵が真顔で声をかける。
「日頃、手を抜いてばかりいるからだ。これに懲りたら、訓練にも少しは身を入れろ」
オスカーは不貞腐れた子供のような顔をして、視線を逸らした。そして無言でジルヴェストに弾き飛ばされた剣を拾いに行って、それを元の場所に戻す。離れた場所で一連の流れを見ていたマノンは、苦笑を浮かべて口を開いた。
「いやあ、でもオスカー様も十分にお強かったと思いますよ。普段は女の子を口説いてばかりで、本当にアッシャー家のご子息なのかと疑ったこともありますが。陛下とあれだけ打ち合えるということは、その実力は本物なんですね」
その言葉に。公爵はフッと笑って、オスカーは何とも言えない顔をする。
「……ちょっと待って。もしかして僕、かなり侮られてた?」
「え、ご存知なかったんですか? 社交界に出られるような貴族の方々はともかく、アタシたちの間では有名でしたよ。家名にあぐらをかいて努力を怠っている、信用ならないお方だって。マルコなんて、あの人になら勝てるって、いつも酒場でくだを巻いて……あっ」
笑いながら話していたマノンが、余計なことを言ったことに気づいて口を押さえる。オスカーは笑顔だったが、その目は全く笑っていなかった。
「……へえ。それは流石に、聞き捨てならないことだなあ。マルコって確か、まだ新参の騎士だっけ。いいよ。今度、その実力を見てあげよう。ジルや兄上には、負けることの方が多かったけど……まだ僕も、そこらの騎士に易々と負けるつもりはないからね」
その言葉を聞いた公爵が、満足そうに頷いた。彼はソフィアと話し続けているジルヴェストの方に近づいて、丁寧な礼をしながら口を挟む。
「ありがとうございます、陛下。貴方様のおかげで、愚息もようやく訓練に身を入れる気になりました」
その言葉を耳にして。ソフィアは困ったような笑みを浮かべて、ジルヴェストは事もなげに返した。
「俺はソフィアの前で、良いところを見せたかっただけだ。礼には及ばない」
「そうだよお父様。ジルヴェストのおかげじゃない。僕がその気になったのは、どちらかというとマノンちゃんの話を聞いたからだからね。感謝するなら、普通は彼女の方じゃない?」
オスカーが呆れ顔で、ジルヴェストの言葉を肯定する。公爵は、無言でマノンの方を見た。マノンが驚いて飛び上がり、慌てた様子で首を振る。
「いやいやいや! アタシは関係ありませんから! ホントに勘弁してください!!」