着地点は予測可能、回避不可能
ジルヴェストの言葉は正しい。ソフィアもそのことは分かっている。けれど、今回ばかりは。正しさだけでは、彼女は納得しなかった。
「それなら」
彼女は扉の方を見る。その外にいる、見た目だけならただの老女にしか見えない人のことを考えながら。
「私にとってのナディアさんみたいな感じで、世話係を装って護衛を付けることはできないんですか」
ベラが厳しい表情を浮かべる。彼女はソフィアを見据えて、口を開いた。
「なりません。それだけは。……ナディアは陛下のために存在している人間です。本来は決して表には出ない彼女が、ここにいるのは……ソフィア様を守ることが陛下のお心を守ることに繋がると、理解しているからなのです。……ソフィア様には、申し訳ないと思っています。ですが我々は陛下の剣。陛下の盾。正妃であるアドレイド様の護衛として付くならともかく、ただの側妃に……陛下の寵姫のご友人であるというだけの方に、付き従う道理はないのです」
ソフィアは息を飲んで、ベラを見つめた。今までにも、その片鱗は見えていたが――
(ベラさんもナディアさんも、私じゃなくてジルの味方なんだ。……後宮にはもしかして、私自身の味方は誰もいないのかな……)
彼女は後宮に入ると決めた時、孤独になることを覚悟していた。けれど1度信頼して、心を打ち明けた人たちから。こんな形で、距離を取られるとは思ってもいなかった。少女が悲しげに目を伏せる。その姿を見たジルヴェストは、反射的に。彼女の肩に、手を伸ばしていた。
「……ソフィア。お前がどうしてもと言うのなら、俺がお前に金を渡してもいい。その金で、護衛を買え。そうすれば表向きには、お前からカトカへの気遣いだということになる。俺が直接絡んでいなければ、カトカに対する風当たりが強くなることもないだろう。……そのくらいの援護はしてやる。だからそんな顔はするな」
ソフィアは無言で頷いて、彼に促されるままに席を立った。そして彼の腕の中に身を委ねて、彼女は静かに涙を流す。ジルヴェストは彼女が落ち着くまで、ずっとその背を撫でてやった。後宮で、妃がどんな思いで日々を過ごしているのか。ソフィアに出会う前の彼は、考えもしなかった。
(……ソフィアがこんなに泣くほど、辛いことなのか。1人、ここで過ごすということは)
大切な妻。愛しい少女。そんな彼女に、彼はできる限りの事をしてやりたいと思う。そこにいるのは皇帝としてではない。1人の男としての、ジルヴェストだった。